存在しない少女(Side:マリー)
時が流れるにつれ、マリーは、この世界が自分の知る世界とは大きく異なっていることに気づき始めた。
あまりにも多くの人々の運命が変わっていたのだ。
マリーは前世の記憶を一冊のノートへ書き留め、一つひとつ照らし合わせていった。
まず彼女を最も驚かせたのは、リタール王国の変化だった。
この世界では、ジェイソン国王は芝居に心を奪われ、王立歌劇場に長く滞在し続けている。
国政の大半はエリカ王妃へ委ねられ、王妃とその側近たちの統治によって、リタール王国は前世よりもはるかに豊かな国となっていた。
次に違っていたのは、リタール王国の王位継承者だった。
ジェイソン国王とエリカ王妃の一人息子は、エドワードではなく「ティム」と名付けられていた。
前世で「ティム」と呼ばれていた少年――エリカが引き取り、エドワードを守るために片目へ呪いを受けながらも、後に伯爵へ叙爵されたあの美しい青年は、この世界には存在しない。
それとも、前世のティムは、この世界ではエリカの実の息子として生まれ変わったのだろうか。
その答えは、今のマリーにも分からなかった。
そして、彼女の胸を最も締めつけたのは――かつて自分の家だったブラウンティ公爵家である。
ブラウンティ公爵は宰相にはならず、この数年は領地へ戻り、穏やかな日々を送っているという。
前世では早くに亡くなった母も妹も、今は健康で幸せに暮らしていた。
まるで――
この世界には、マリアンナという名の少女など、最初から存在しなかったかのように。
ディマン王家については、それほど多くを知っているわけではない。
前世では、ディマン王族だった母が幼い頃に亡くなって以来、マリアンナは王家と深く関わることなく育った。
そのため、ヴィクトリア以外に何が変わっているのかまでは分からない。
ただ、一つだけ確信できることがあった。
前世でディマン王国を離反し、独立公国を建国した『空の使徒』が、この世界には一度も現れていないということだ。
マリーは学生時代、学院の歴史の授業を思い出した。
教師はディマン王国で出版された叙事詩――『日輪勇者最後の戦い』を、教壇の上で朗読してくれた。
その詩には、日輪勇者と魔物の王が幾日にもわたって死闘を繰り広げた末、ようやく勇者が魔物の王の毛皮に隠された秘密を見抜き、その毛皮を剥ぎ取って討ち果たすまでが描かれていた。
勇者はその毛皮を森の入口へ置き、戦死した仲間たちを連れ帰るため再び森へ引き返した。
しかし、その身体はすでに限界だった。
深手を負った彼は、そのまま森の奥で息を引き取ったのである。
あまりにも悲しい結末に、教室では半数以上の生徒が涙を流していた。
だが、この世界では違う。
おそらく『空の使徒』が現れなかったからだろう。
十六年前、魔物の王を封印したのは『空の使徒』ではなく、その副官であり雷魔法の使い手だったレインだった。
一方、日輪勇者は別任務に就いていたため、その戦いには参加していない。
空の使徒の身に何が起こったのか。
マリーは、それ自体には大して興味を持っていなかった。
彼女にとって重要なのは、この世界で『日輪勇者最後の戦い』を知っているのは自分だけだということ。
ならば、その知識は必ず武器になる。
――今度こそ。
私はすべての人間を利用し、運命に選ばれた聖女になってみせる。




