生きていると信じて
ヨウタが不意に放ったその一言で、天幕の中は一瞬にして静まり返った。
彼は、そのまま言葉を続ける。
「ずっと隠してきたことがあります……実は、僕たちの世代で召喚された異世界人は、美波と僕だけじゃありません。ほかにも三人いたんです」
―これは厄介だ。
エイデンは心の中で呟いた。
実際、エイデンも、ノーマンも、ロイも知っている。
ディマン王国が召喚した異世界人は、公表された人数よりもずっと多かったことを。
そして、訓練を積んでも「勇者」や「聖女」と呼べるほどの魔力を発現できなかった者は、不要な存在――廃棄品として扱われることも。
ティムの父は異変に気づくや否や逃亡した。
国境警備兵の一家に助けられ、国外への脱出に成功したのだ。
一方、ナオミは兄の助けを借り、自分を愛してくれた医師と駆け落ちした。
しかし、その後、兄は消息を絶ってしまった。
ティムから聞いた話では、エリカ王妃は何度も、魔力を持たなかった異世界人がディマン王国でどのような扱いを受けるのか調べようとしたらしい。
だが、王国中枢を刺激する危険があるため、結局一度も真相へ辿り着けなかったという。
このまま、自分たちは異世界人について何も知らないふりを続けながら、ヨウタの口から、公表されることのなかった者たちの末路を聞き出せるのだろうか。
エイデンは考え続けた。
「僕と美波はすぐに魔法の才能を見出されて、訓練を受け始めました。でも、残る三人は、どれだけ厳しい訓練を積んでも魔法を発現できなかった」
ヨウタは静かにため息をついた。
「その後、僕は国王の命令で各地を回って魔物討伐を続け、美波はソロモン皇太子と結婚しました。そして、ある日遠征先から帰ってきた僕に、彼らはこう告げたんです。友人たちは風土病で亡くなった、と」
「それは実に恐ろしい話だな」
ロイは落ち着いた口調で答えた。
ノーマンは依然として三冊の記録帳に没頭していた。
二冊目のある頁へ視線を固定し、何人もの名前を探しているようだった。
「でも、一人だけ……僕は死んだとは思えない人がいます」
ヨウタが言う。
「あいつは何をするにも慎重でした……まあ、ホラー映画を見すぎていたせいかもしれませんけど。修学旅行でも、真っ先に非常口までの避難経路を確認するような奴でした。召喚されて最初の一週間で、もう『ここは何かおかしい』って僕に話していたんです」
「それで、お前は私に何をしてほしいんだ?」
ロイは相変わらず気の抜けた口調だった。
だが、エイデンには分かった。
ロイは警戒している。
そして、その変化はヨウタにも伝わったのだろう。
勇者の眼差しが鋭くなり、獲物を見据える猛獣のようにロイを見つめていた。
「僕は、あいつがまだ生きていると信じています。だから見つけたい。そのためなら、僕は払える代価なら何でも払います」
ヨウタは三人を見渡した。
「勇者の魔力って、万能なんでしょう?」
そう言って、ロイへ視線を向ける。
「もし僕の魔力で、あなたの強力な呪いを解けるとしたら?」
ロイの表情は微動だにしない。
返事もない。
ヨウタは気にした様子もなく、小さく笑って続けた。
「もし僕をリタール王国の国王へ引き合わせてくれたら……数え切れないほどの財産や、貴族の爵位だって手に入るかもしれません」
ノーマンが静かに身体を動かし、エイデンを背中へ庇った。
「もし僕がディマン王国を裏切れば……リタール王国は、あらゆる敵を打ち倒せるほど強くなれるかもしれません」
ノーマンの秘密は、どうやらまだ守られているらしい。
エイデンは胸を撫で下ろした。
もしヨウタがヒルダの存在を知っていたなら、「財産」や「爵位」などという言葉は持ち出さなかったはずだ。
「お前に私の呪いは解けんよ。愚かな子供」
ロイは皮肉っぽく笑った。
「何百年もの間、お前と同じことを口にした子供を何人も見てきた。私から何かを得ようとしてな……だが、一人残らず失敗した」
「そうですか?」
ヨウタは首を傾げた。
その姿は無邪気そのものだった。
まるで純粋な子供が、先生へ疑問を投げかけるように。
「『魔竜ヴァーツ』を覚えていますか? 彼は堕ちる前、あなたの弟子だったはずです。黒塔を築き、あれほど多くのことを成し遂げ、あなたでさえ止められなかった。でも最後は、僕の炎で焼かれて死にました」
ロイの身体がわずかに動く。
「ふん。大魔法使いダグたちの助けがなければ、お前にヴァーツは倒せなかった」
「では……あの大魔法使いたちを縛っていた、魔竜ヴァーツの拘束魔法を解いたのは、一体誰だったと思いますか?」
エイデンは必死に考え始める。
もし、これ以上事態が悪化したらどう動くべきか。
逃げるなら、自分が先に仕掛け、父さんが加速魔法で全員を連れ出す。
戦うなら、自分と父さんでヨウタの動きを封じ、その隙にロイが魔法を放つ。
―だが、本当に勝てるのか。
歴代最強とまで謳われる日輪の勇者に。
その考えが浮かんだ瞬間、エイデンは初めて恐怖を覚えた。
ヨウタはロイをまっすぐ見つめた。
その声には、一片の偽りも感じられない誠実さが宿っていた。
まるで神話に語られる、美しい旋律で冥王の心を動かし、亡き妻を連れ戻そうと願った吟遊詩人のように。
「会長。あなたは昔から僕を知っています。確かに僕は、ディマン王国の命令で色々なことをしてきました。でも、自分の意思で誰かを傷つけたことは一度もありません」
続いてノーマンへ視線を向ける。
「ノーマン、君も僕のことを知っている。僕たちは戦場でたくさんの時間を一緒に過ごした。君がエイデンのお母さんを愛して、何通も恋文を書いていたように……僕はただ、親友が今どうしているのか、それだけを知りたいんだ」
ロイもノーマンも分かっていた。
このまま、いつまでも話をはぐらかし続けることはできない。
特にロイはそうだ。
頼みを拒み、正面から答えようとしないほど、ヨウタは「ロイは何かを知っている」と確信していくだろう。
「さっき、三人いたと言いましたよね」
不意にエイデンが口を開いた。
「でも、探したいのは一人だけなんですか? 残りの二人は、本当に亡くなったと確信しているんですか?」
その場にいた全員の視線が、一斉にエイデンへ集まった。
しかしヨウタは、少しも動じなかった。
「ええ。二人は亡くなったと確信しています」
彼は静かに答える。
「僕が探しているのは、たった一人だけです――野口ソラです」




