旅立ちの朝
「はぁ……」
目を覚ましたエイデンが最初にしたことは、自分の左手首を確認することだった。
そこには、昨日と変わらず編み込みのブレスレットが静かに巻かれている。
――本物だ。
夢じゃない。
幻覚でもない。
本当に。
夢でも幻でもなく――ジャスミーヌが、自分のために編んでくれたものだ。
昨日、彼はついに、ジャスミーヌから手編みの贈り物を受け取った。
「へへっ……家族にしか作らないものだと思ってたのになぁ」
布団を抱えたまま、エイデンはベッドの上を一回転する。
ブレスレットを渡してくれた時のジャスミーヌの言葉が、自然と思い出された。
「これは編織魔法で作ったものです。少しだけ守りの力があります。あなたの旅が無事でありますように」
ジャスミーヌはそう説明してくれた。
「編織魔法? なんか格好いいね」
「昔は真珠王国で盛んだった魔法なんです。でも、今ではほとんど失われかけています」
そう言って、ジャスミーヌは少し寂しそうにため息をついた。
「えっ!? そのうち真珠王国に戻って、編織魔法を復興するためにずっと向こうで暮らしたりしないよね!?」
エイデンはまた勝手な想像を膨らませる。
ジャスミーヌは呆れたように彼を見つめた。
「しばらくは、その予定はありません……」
エイデンが心配していたのは、編織魔法のことだけではない。
ジャスミーヌは真珠王国の伯爵令嬢だ。
二年前、とある事件をきっかけに第三王子から婚約を破棄された。
昨年は、婚約破棄をきっかけに心身を病んだ親友セリーナに付き添い、《果てなき部族》への巡礼へ参加した。
エイデンは、その巡礼団を護衛する依頼を受けた冒険者の一人だった。
そして、その旅の途中で、彼はジャスミーヌに恋をした。
身分も国も違う。
もう二度と会えないと思っていたのに……
まさかジャスミーヌが豊穣の女神の教えを学ぶためにリタール王国へやって来るなんて。
しかも、エリカ王妃の勧めで、この土地に住むことになるなんて。
そこまで思い返しただけで、エイデンは笑いすぎてベッドから転げ落ちそうになった。
ともかく―
真夏の祭りで、エイデンはついに想いを伝えることができた。
そしてジャスミーヌは、これまで家族にしか贈ったことのなかった手編みの品を、彼へ贈ってくれたのだ。
もちろん、この先にはまだまだ乗り越えるべき壁がある。
母さんは言っていた。
いつか自分は「エイデン・ヘクトール」として、人前に戻らなければならないと。
自分が旅に出たら、父さんはどうするのか。
ジャスミーヌの家族は、自分たちの結婚を認めてくれるのか。
復縁を望み続けているという、真珠王国の第三王子のこと。
そして……
ギルドマスターが引き受けた、魔物の王討伐の依頼。
……あれ?
そういえば、もし僕がジャスミーヌと結婚するなら、皇太子であるティムもそろそろ婚約者を探さないといけないんじゃない?
でも、ティムならきっと困らないよな。
エリカ陛下とソラ先生が、もう何か考えているのかもしれない。
エイデンは信じていた。
すべてはきっとうまくいく。
少なくとも、この日の朝が始まった時の彼は、心の底からそう信じていた。




