五人目の異世界人(Side:ジェスミン)
ジャスミーヌがセリーナの部屋を出ると、三人の最高巫女はすでに外で待っていた。
「使徒様と話し合い、婚儀の日取りが決まりました。」
カロリンが静かに告げる。
「婚儀は、明日の夜に執り行われます。」
ジュリアは穏やかな表情のまま告げた。しかし、その瞳にはわずかな憐れみが宿っている。
「あなたたちには、あと一日だけ、一緒に過ごせる時間があります。」
「どうか、その時まで心の準備を。」
アナはセリーナが休んでいる小さな家へ悲しげな視線を向けたが、すぐに目を逸らした。これ以上見つめる勇気がなかったのだろう。
「はい。覚悟はできています。」
ジャスミーヌは静かにうなずいた。
「それでは、使徒様のもとへご案内します。」
歩きながら、アナはそっとジャスミーヌの耳元で囁く。
「緊張してる?」
「そこまでではありません。」
「服を着替えたのね?」
これから会う相手の身分を考え、ジャスミーヌは服装を改めていた。
旅の間は動きやすさを優先し、朝はゆったりとした花柄のワンピースを着ていた。
今は、真珠王国の伝統的な女性の正装に身を包んでいる。深緑色の半袖の上衣と、同色のレースをあしらったロングスカート。その上から、紫水晶花の刺繍が施された紫色の長いヴェールをまとっていた。
手首には普段から身につけている編み込みの腕輪に加え、金細工と真珠をあしらった美しい腕輪も重ねている。
本来なら、この衣装は予備の婚儀用の礼装として持ってきたものだった。けれど、これほど格式の高い外交の場にもふさわしい装いだった。
「すごく綺麗。」
アナは素直に感嘆する。
「知らない人が見たら、王族に拝謁しに行くんじゃないかって思うくらい。」
案内されたのは、部族の中で最も高い塔だった。
五階の最上階には木製の円卓と籐椅子が二脚置かれ、その片方にソラ・ノグチが腰掛けていた。
ジャスミーヌが向かいの椅子へ座ると、三人の最高巫女は静かにその場を後にする。
向かい合って腰を落ち着けてから、ジャスミーヌは改めて空の姿を観察した。
淡い青色の上着に濃色のズボンという、ごく質素な服装。
しかし、その仕立てにはリタール王国貴族特有の洗練が感じられる。
何より目を引いたのは、左胸に飾られた一輪の深紅の薔薇だった。
その薔薇の周囲にも赤い薔薇の刺繍が施され、花弁の間から緑の糸で刺繍された蔓が四方へと伸びている。まるで薔薇が少しずつ周囲を侵食し、すべてを呑み込もうとしているかのようだった。
ジャスミーヌが本当に恐れていたのは、その薔薇の真の意味を知っているからではない。
ソラ・ノグチという男そのものが放つ、不思議な気配だった。
真珠王国では、代々女性たちが受け継ぐ「編織」は、単なる手工芸ではない。
ヴェールの下に隠した編み込みの腕輪や首飾り、下着、そして全身を包む長布に刺繍された紋様──そのすべてに魔力が宿っている。
それらは攻撃にも、防御にも用いることができる。
だからこそ、親友のセリーナとマーラが婚約者に望まれ、編織魔法を捨てたとき、本当に手放したものは魔法そのものではない。
自らの身を守る資格だった。
そして今。
ソラと向かい合った瞬間、ジャスミーヌの身につける編織の装飾すべてが、小さく震え始めた。
警告している。
これほどまでに怯え、警戒したことは、これまで一度もなかった。
「そんなに緊張しなくていい。」
空は穏やかな笑みを浮かべた。
「エイデンを選んだ時点で、君はもう覚悟を決めていたんだろう。ただ、君の前に座っている相手が僕だとは思っていなかった。」
「それに、セリーナの願いまでが、最後にはリタール王国へと繋がることになるなんて、予想もしなかった。」
「……ええ。それは本当に予想していませんでした。」
「つまり、僕が誰なのか、もう見当はついているんだね。」
ジャスミーヌは静かにうなずく。
「ディマン王国が公表しているのは、勇者ヨウタ・キノシタ様と、水の聖女だけです。でも、本当は二十一年前に召喚された異世界人は五人いた、と耳にしたことがあります。」
空は、どこか皮肉げな笑みを浮かべた。何か昔の出来事を思い出したようだった。
「それから、宮廷の噂も耳にしたことがあります。リタール王国では、ここ数代にわたり王族の心身が弱くなっている、と。」
「とりわけ現国王ジェイソン陛下は、心身ともに政務を十分に執れず、誰かが代わりを務める必要があった。」
「その一方で、ティム王太子殿下だけは、生まれながらに健やかで聡明だった、と。」
「ジェイソン陛下がご結婚されて以来、政務の大半はエリカ王妃殿下が担われています。そして陛下ご自身は劇場に心を奪われている。」
「エリカ王妃殿下を象徴するもの──それが深紅の薔薇と、その背後に絡みつく緑の蔓です。」
空はすぐには答えなかった。
ただ静かに、ジャスミーヌを見つめている。
やがて、小さく口を開いた。
「君は、もう選び終えているんだね。」
「エイデンを信じると決めた、その日から。」
ジャスミーヌはまっすぐに彼を見つめ返した。
「私は、もう覚悟を決めています。」
そして、一呼吸置いて問いかける。
「ですから──私は、何をすればいいのでしょうか。」
空は静かに尋ねた。
「君は、『聖女』という存在について、どれほど知っている?」




