第87話 <谷からの脱出>
日が昇った。
谷底に朝の光が差し込む。
川のせせらぎだけが静かに響いていた。
二人は川沿いを歩いていた。
出口があるかもしれない。
今はそれだけが頼りだった。
ケイは木の枝を杖代わりにしている。
右脚はまだ治っていない。
一歩進むたびに歯を食いしばる。
やがて。
その身体がぐらりと揺れた。
「くそっ……」
膝が折れる。
地面へ手をつく。
立ち上がろうとする。
だが立てない。
ハンスは足を止めた。
しばらくその姿を見下ろす。
一瞬だけ迷った。
そして大きくため息を吐いた。
「ほらっ」
ケイが顔を上げる。
「何?」
「いいからだ」
手を差し出す。
肩で支える。
ケイは理解できないものを見るような顔をした。
「何故そんなことをする」
「何回聞くんだよ、お前」
ハンスは呆れたように笑う。
「置いてったら死ぬだろうが」
ケイは即答。
「それが何だ」
思わず言葉に詰まった。
本当に意味が分からないらしい。
二人は再び歩き出した。
その時だった。
ケイが突然立ち止まる。
「待て」
ハンスも足を止めた。
風が変わる。
次の瞬間。
唸り声。
「グルルルル……」
谷の奥。
赤い瞳がいくつも光っていた。
魔犬。
さらにその後ろ。
また一頭。
そのさらに後ろにも。
ケイが低く呟く。
「極光の生物兵器」
「まだ追ってくるのね」
ハンスが舌打ちした。
「おいおい」
「いい加減にしてくれよ」
魔犬が走り出す。
一斉突撃だった。
ケイは脚が動かない。
ハンスが前へ出る。
クレイモアを握り締めた。
右から一頭。
左から一頭。
左右から同時に飛び掛かってくる。
ハンスは右の魔犬を身をひねってかわした。
同時に左の魔犬へ剣を振り下ろす。
血飛沫。
だが。
死角。
体勢を立て直した右の魔犬が再び飛び掛かる。
その瞬間だった。
銀の閃光。
ケイの投擲剣。
真っ直ぐ魔犬の首へ突き刺さる。
「ギッ!」
魔犬がよろめいた。
「右だ!」
ケイが叫ぶ。
ハンスが振り向く。
一閃。
魔犬の首が飛んだ。
静寂。
川の音だけが戻ってくる。
ハンスは肩で息をした。
「助かった」
ケイは何も答えない。
再び歩き出す。
どれほど歩いただろうか。
やがて。
谷の先に光が見えた。
出口だった。
ハンスは思わず笑う。
「やっとか」
ケイも顔を上げる。
出口。
あと少し。
本当にあと少しだった。
その時。
キィィィィィィッ!!
鋭い鳴き声が谷に響いた。
二人は同時に空を見上げる。
魔鳥。
昨夜の生き残り。
しかも大きい。
一直線にケイへ向かってくる。
ハンスが前に出た。
クレイモアを振り上げる。
衝撃。
腕が痺れた。
だが軌道は逸れる。
魔鳥はケイの頭上を掠め、そのまま地面へ激突した。
「今だ!」
ハンスが叫ぶ。
ケイが最後の投擲剣を放つ。
銀の光が走った。
同時にハンスも走る。
剣と投擲剣。
二つの攻撃が同時に命中する。
魔鳥が悲鳴を上げた。
羽が舞う。
血が飛ぶ。
そして。
二度と動かなかった。
ハンスはその場に座り込んだ。
ケイも黙ったまま空を見上げている。
長い沈黙。
川の音だけが聞こえていた。
やがて。
ケイが口を開いた。
「……借りはない」
ハンスは吹き出した。
「そうかよ」
谷の出口から風が吹く。
外の風だった。
有難うございます!3000PVを越えました。
書き始めてからちょうど3か月。
この後も頑張って進めていきます!




