第9話 <封鎖された村2>
女はその男を見る。
「……全部処分するのか」
「そうだ」
「村ごとだ」
空気が沈む。
そのとき森が揺れた。
音。
近い。
多い。
女の目が、わずかに細くなる。
剣には、まだ触れない。
「……来るな」
飛び出した。
魔犬。
複数。
「来やがった!」
「くそっ!」
さらに。
魔人。
誰かが叫ぶ。
「門を守れ!」
だが、遅い。
女は、すでに動いていた。
踏み込む。
一閃。
一体が崩れる。
足場が沈む。
(……やりにくい)
だが止まらない。
横から牙。
避ける。
切り返す。
背後。
来る。
振り向かない。
クロウが舞い降り、矢のように一体に突撃する。
攻撃を遮られ、仲間のところに引き返す魔犬。
「数が多い!」
男たちが崩れ始める。
女は間に入る。
動きは無駄がない。
ただ処理する。
視界の端。
柵の中の男。
動けないでいる。
魔人が、そちらへ向かう。
女の足が止まる。
一瞬だけ。
そのとき。
髪が揺れた。
隠れていた頬が、露出する。
左の頬。
線がある。
二本。
短く、細い。
魔人が、もう手を伸ばす距離。
女は動いた。
踏み込む。
距離を消す。
斬る。
魔人が崩れる。
沈黙。
戦いは、終わった。
誰もすぐには動かない。
一歩間違えれば、自分たちも“感染者”になっていた。
柵の内の男が、言う。
「頼む……」
女は、しばらく黙っていた。
目は動かない。
だが——
わずかに、揺れている。
ほんの少しだけ。
「……どうする」
クロウの声。
低く。
女は答えない。
ただ。
一度だけ。
左の頬に触れた。
(……これは、なんだ)
記憶は、ない。
意味も、ない。
だが——
女は顔を上げた。
柵の向こう。
男が、こちらを見ている。
「頼む……」
再度、男が言う。
時間は、ない。
「……開けろ」
短く言う。
外の男たちが動く。
「何言って——」
「開けろ」
繰り返す。
声は低い。
だが、有無を言わせない。
閉鎖をしていた男たちの一人が一歩前に出る。
「理解しているのか」
「している」
「ならなぜ開ける」
女は、ほんのわずか間を置く。
「……感染していないからだ」
「魔人化した連中は外にださない」
それだけ。
意味は説明しない。
女は柵に近づく。
外の男の一人が、迷いながら閂に手をかける。
「……開けるぞ!」
柵が、わずかに開いた。
「来い!」
内側の男が飛び出す。
転びながら。
必死に。
その瞬間。
中で音がした。
重い音。
複数。
門の隙間から、手が伸びる。
黒ずんだ皮膚。
歪んだ指。
魔人。
「来るぞ!!」
外が騒ぐ。
女は動いていた。
柵の前に立つ。
開いたままにしない。
踏み込む。
一閃。
腕が落ちる。
さらにもう一体。
来る。
狭い。
距離が近い。
(……詰めるしかない)
前に出る。
門の内側へ半歩。
斬る。
斬る。
止める。
外の男たちも動く。
槍が突き出される。
遅いが、届く。
クロウが舞い降りる。
音もなく、一体を落とす。
数秒。
それで終わった。
柵が閉じられる。
内側は、もう静かだ。
助かった男が、その場に崩れる。
息を乱しながら。
「……助かった……」
誰もすぐには何も言わない。
門の前にいた男だけが、女を見る。
「一人だ」
事実だけを言う。
「危険に対して、成果が薄い」
女は答えない。
門を開けた男は、小さく息を吐いた。
誰も答えない。
女の視線が、一瞬止まる。
男の腕。
服が裂けている。
その下——歯型。
深い。
新しい。
だが、何も言わない。
やがて。
助かった男が、顔を上げる。
「……お前」
「なんで、助けた」
女は、少しだけ考えた。
言葉を探していたわけではない。
ただ——
正直に答える。
「……分からない」
「だが」
ほんのわずかだけ、視線が動く。
「必要な気がした」
それだけ言って、女は村を後にして歩き出した。
クロウが、肩にとまって低く言う。
「合理的ではない」
男は、その様子を見て
「俺、ハンスってんだ……」
「一緒に行っていいか?」
女は何も答えない。
男は遅れて立ち上がり、よろめきながらついていく。
女は気にしているのか気に留めていないのか、
歩みを止めない。




