第10話 <野宿>
火が、揺れている。
風は弱い。
だが、荒野は冷える。
ハンスは無言で座っている。
女の向かい。
勝手についてきて、勝手に居座っている。
クロウは少し離れた岩の上。
女が投げた干し肉のかけらを啄んでいる。
しばらく、音は火だけだった。
女は気にしない。
薪を足す。
火が少し大きくなる。
沈黙。
しばらく、何も起きない。
「……なあ」
ハンスが言う。
女は視線を上げない。
「お前強いな」
「魔人も魔犬もあんなにあっさり」
「なんで助けた」
火が弾ける。
「……さあな」
短い返事。
「適当かよ」
「そうだ」
それだけ。
ハンスは少し笑う。
「変なやつだな、お前」
女は答えない。
また沈黙。
火だけが揺れる。
「……俺はさ」
ハンスが言う。
「助かると思ってなかった」
地面を見たまま。
「普通なら、あそこで終わりだ」
「そうだな」
女はあっさり答える。
「だろ」
ハンスは小さく笑った。
「……なあ」
女が口を開く。
「……噛まれたな」
ハンスの動きが止まる。
ほんのわずか。
女は続ける。
「村でだ」
「腕」
「見えた」
ハンスは、小さく息を吐いた。
「……ああ、やられた」
「……見てたのか」
「ああ」
「そうだ」
ハンスは腕を押さえる。
火の明かりで、布の裂け目が少し見える。
あっさり言う。
「なのに、変わってない」
静かな声。
「普通は、終わりだ」
「そうだな」
「なんでだ」
ハンスは肩をすくめた。
「知るかよ」
短く笑う。
「俺、変なんだよ」
火の影が揺れる。
「昔からな、親父もそうだった」
「そのまた親父もな」
女の視線が、わずかに動く。
「……同じか」
「噛まれても平気」
「完全じゃねぇがな」
腕を軽く押さえる。
「熱は出る」
「しばらく動けなくなる」
「でも——それだけだ」
沈黙。
「……おかしいと思ってる」
女が言う。
ハンスは笑った。
「ああ、村でも言われたよ」
『気味が悪い』
『なんでお前だけ』
『病気にならねぇなら、せめて役に立て』
火を見ながら言う。
「だから発掘やってた。『死ににくいなら向いてる』ってな。」
軽く笑う。
だが、目は笑っていない。
「で、あの村に寄ったら——ちょうどあれだ」
沈黙。
火が弾ける。
女が、言う。
「……その、お前の親は」
ハンスは少し考える。
「親父か? それともじいさんか?」
「あんま覚えてねぇが……二人とも俺とおんなじだった。それ以外は普通だったぜ」
「じいさんは…なんかすんげえ強かったな。あんたみたいに」
「それに……あんま覚えてねぇけど」
顔を上げる。
「変な顔してたな」
「変な?」
「傷みたいなやつ」
自分の頬を指でなぞる。
「この辺に、線があった」
女の動きが、わずかに止まる。
「細い線」
ハンスは指で頬をなぞる。
「確か、ここらへんに、二本くらい」
女の手が、わずかに動く。
左の頬に触れる。
同じ場所。
沈黙。
「……まあ、どうでもいいだろ」
あっさり言う。
「俺は俺だ」
横になる。
「寝る」
それだけ言って、背を向けた。
勝手に目を閉じる。
すぐに寝息が聞こえる。
無防備だった。
火の音だけが残る。
クロウが低く言う。
「……未回収個体か」
誰にも聞こえない声。
女は何も返さない。
ただ——
頬に触れたまま、火を見ていた。
翌朝早く、夜が明けると女は歩き出した。
森を抜ける。
空が開ける。
ハンスもついてくる。
「なあ、どこに行くつもりだよ」
やがて遠くに見える。
壁。
人の動き。
交易都市。
この付近では一番大きな街だ。




