第84話 <敵兵との旅>
朝日が谷底を照らす。
川の両側は高い崖。
ハンスは立ち上がり登れそうなところを探して辺りを見回す。
その時だった。
上空。
何かの鳴き声。
「キィィィィィ……」
二人が同時に空を見上げる。
崖の遥か上。
黒い影が横切った。
ケイの表情が変わる。
「まずい」
ハンスも気付いた。
あの翼。
あのシルエット。
昨夜見た魔鳥だった。
しかも。
こちらを探しているように見える。
谷底に吹く風が止まった。
逃げ場はない。
影が近づいてくる。
頭上を横切る。
バサァァァァ!!
爆風のような風圧。
魔鳥。
あらためて見る。
羽を広げれば二メートルを超える。
頭部には羽毛がない。
灰色の皮膚。
黒く湾曲した嘴。
赤黒い瞳。
ハンスが息を呑む。
「あいつか……」
「ヨウドをやったヤツ」
ケイが答える。
「極光の飛行型感染性生物兵器だ」
「伏せろ!」
直後。
魔鳥が急降下した。
岩が砕ける。
さっきまで二人がいた場所に巨大な爪痕が刻まれた。
ハンス。
「冗談だろ!」
クレイモアを構える。
魔鳥が再び旋回する。
空。
圧倒的な高さ。
人間の剣は届かない。
魔鳥が再度降りてくる。
ハンスを狙って突っ込んでくる。
クレイモアを振るうが届かない。
その時、ケイが腰の投擲剣を抜いた。
投げる。
魔鳥に向かって銀の光が走る。
翼を掠める。
「キーッ」
悲鳴。
動きが乱れる。
「今だ!」
ハンスが跳んだ。
岩を蹴る。
さらに飛ぶ。
クレイモアが振り抜かれた。
血飛沫。
魔鳥の翼が裂けた。
悲鳴を上げる。
バランスを失う。
墜落。
川に落ちた。
魔鳥はもがくがそのまま流されていく。
静寂が戻る。
ざあざあという水音だけが響く。
ハンスが息を吐いた。
「ざまあみろ」
「助かったぜ」
「ありがとな」
ケイは何も答えない。
ハンスはケイに向かい。
「お前歩けるか?」
「この崖は登れそうにねえ」
「俺は川沿いに行くぜ」
「お前はどうする?」
ケイは驚いた顔をしてハンスを見る。
「何故そんなこと言う」
「お前にとって私は敵だ」
「なぜ倒さない」
「なぜ放置しない」
「さあな」
「何となくだ」
ハンスは川沿いに下流に向かって歩き出す。
ケイも立とうとする。
だが右足が言うことを聞かない。
剣を杖替わりに何とか立つ。
歩こうとするが崩れる。
ハンスが振り返る。
ケイを見る。
ハンスは少し迷った。
そのまま置いていくこともできる。
相手は敵だ。
追手だ。
本来ならここで始末しても文句は言われない。
だが。
気付けば身体が動いていた。
「ほらっ」
肩を貸す。
「やめろ」
「自分で歩ける」
「無理するな」
ケイは答えない。
顔をそむける。
だがハンスに支えられて歩き出す。
川沿いに進む。
出口を探す。
敵兵との奇妙な旅が始まった。




