第78話 <離散>
リンらは必至の脱出を試みていた。
だがハンスと黒い兵士―ケイは魔熊の打撃を受け谷底へと落ちていく。
迫撃砲の閃光が木々の間を照らす。
絶え間なく続く爆音。
そして襲い掛かる魔犬。
その向こうからフロムの声。
背中にはミリアが乗っている。
「今はここから離脱するわ!」
「もし会えなかったらエース商会で合流しましょう!」
その直後だった。
ドォォォォォン!!
至近距離に榴弾が落ちる。
閃光。
爆炎。
衝撃。
「きゃっ!」
ミリアの悲鳴。
フロムの姿が煙に飲み込まれる。
舞い上がる土。
折れる木々。
何も見えなくなった。
「フロム!」
「ミリア!」
リンが叫ぶ。
「止めて!」
「二人が!」
だがヨウドは首を横に振った。
「駄目である」
「迫撃砲がこの辺りを狂ったように狙っている」
「戻れば我々もやられる可能性が高い」
「それに黒い兵士や感染性生物兵器もいるである」
必死で馬車は駆ける。
森を抜ける。
街道へ出る。
それでもリンは振り返り続けた。
崖から落ちるハンス。
爆煙の中に消えるフロム。
ミリアの悲鳴。
その光景が頭から離れない。
耳にはフロムの最後の言葉だけが残っていた。
『エース商会で』
やがて空が白み始めた。
今はヨウドだけが御者台にいる。
馬を操っている。
何も話さない。
リンにできることは何もない。
静かだった。
リンは馬車の中で膝を抱えていた。
最初は一人だった。
クロウが来た。
ハンスが来た。
ミリアが来た。
フロムが来た。
ヨウドまで加わった。
いつの間にかみんながいるのが当たり前になっていた。
その当たり前が、たった一晩で壊れてしまった。
「識別名リン」
ヨウドが声を掛ける。
「しっかりするである」
「みんな無事である」
リンは顔を上げた。
「分かっているわ」
そう答えたが。
自分でも半分しか信じられなかった。
やがて朝日が馬車の中に差し込みはじめた。
長い夜が明ける。
御者台に座ったままヨウドがくるりと首だけを回した。
後方を見る。
手を目のところにかざす。
眩しくもないのに。
「ようやく敵を振り切ったであるか」
少しだけ声が明るい。
リンは何も答えない。
ヨウドが話し続ける。
「しかし追撃が無いのは少し不気味である」
「黒い兵士やあの魔人ども」
「このまま見逃してくれるとは思えないのであるが…」
その時、馬車の上。
パサパサと羽音が響く。
黒い影が舞い降りた。
「クロウ!」
リンは思わず顔を上げた。
「無事だったのね!」
「どこにいたの!?」
クロウが入ってくる。
リンの肩にとまる。
目が青く点滅する。
同時にヨウドの目も輝いた。
「なるほど」
「了解である」
ヨウドがつぶやく。
前に向き直る。
再び馬車を走らすのに専念する。
クロウがリンに言う。
「偵察と援護だ」
いつも通りの回答。
リンは少しだけ安心する。
そしてクロウは続ける。
「リンに伝える」
「ハンスは谷川に落下した」
「だが生存確率は高い」
「谷川は街道沿いのこの川に合流している」
「川沿いの移動により森を脱出することは可能」
リンが身を乗り出す。
「本当?」
クロウはリンの肩から降りる。
正面へと移動する。
「ハンスの体質から死亡する確率は低いと判断される」
「それどういう意味?」
「どうしてそう言えるの?」
リンがクロウを凝視する。
クロウの目が一度だけ点滅した。
「ハンスの体質―現生人にはない治癒速度の高さと魔物体液に対する抵抗性」
「識別名リンと共通する形質」
「だから安心しろ」
「ハンスの死亡は概ね却下だ」
リンの表情が変わった。
「それって…」
リンが話し続けようとした時。
ヨウドが御者台から声を上げた。
「鳥」
「口を閉じるである」
「制御モジュールがおかしい」
「お前には詳細な整備が必要である」
クロウが黙る。
眼が点滅する。
そのまま動かなくなった。
「クロウ!」
「話して!」
「どうしたの?」
リンが叫ぶ。
「具合悪いの?」
「どこかやられた?」
「ひょっとして貴方まで…」
ヨウド。
「今は一時停止中である」
「すぐに起きるである」
リンが顔を上げる。
何かを思いつめた顔。
そして。
「川に戻る!」
「探しに行く!」
だがヨウドは首を横に振った。
「ダメである」
「偶発的であっても敵と遭遇する可能性が高まる」
「現状、友軍はクロウと吾輩のみ」
「しかも吾輩は一部損傷」
「戦力不足である」
リンは唇を噛んだ。
「でも……」
「フロムもミリアも」
「ハンスも……」
ヨウドは珍しく真面目な声で言った。
「今探しても会えない可能性が高いである」
「目的地点へ向かう方が合流確率は高い」
「ハンスもきっとそこへ向かう」
リンは黙り込んだ。
そして。
小さく頷いた。
「分かった」




