第61話 <戦略指導体>
薄暗い部屋。
古びたディスプレーの画面には何も映っていない。
ただ声だけが響いていた。
機械のような。
感情を感じさせない声。
「私はコード名、麒麟」
「同盟軍戦略指導体だ」
ハンスが眉をひそめる。
「戦略指導体?」
「何だそりゃ?」
「魔物の国の王か?」
麒麟は即答した。
「同義ではない」
「説明しても良いが理解は困難だろう」
「よって説明を省略する」
リンがディスプレーに向かって問う。
「よく分からないけど私たちを襲わせたのはあなたね」
「何故そんなことをするの」
「それに魔物を生み出しているのもあなたなの?」
麒麟が答える。
「私の戦略目標を達成するにはUnit-10、お前が必要だ」
「入手のための作戦を実施した」
「それ以外の現生人に用はない」
「また魔物はわが軍の戦力ではあるが」
「私は魔物を生み出すことはしていない」
「それは少しおかしいわ」
フロムが言う。
「同盟国はこの大陸の中央部から東部を支配する」
「我々連合国と敵対する政治集団よ」
「主に魔物―感染性生物兵器を生み出し戦闘を行っているわ」
麒麟が答える。
「感染性生物兵器を製造するのは私の管轄ではない」
「よって“私は生み出していない”と回答した」
その声には何の抑揚もない。
さらにフロムが言う。
「問題は感染性生物兵器を誰が作るかじゃない」
「同盟軍は感染性生物兵器を主戦力として運用しているわ」
「極東地区からの西行工程では敵勢力圏中心を抜ける」
「なので東行工程を推奨したのよ」
「前回オペレーションでは西行工程の中でUnit-09:ゼノンを喪失したわ」
「飛行型支援機:ブロウも」
ミリアが身を乗り出す。
「そうよ先生よ!」
「それにあのしゃべる鳥さん――ブロウって言うの!?」
「どこ! 麒麟さん」
「知っているんでしょ!」
「先生があの板に映っていたじゃない!」
数秒。
沈黙。
「質問対象を認識」
「現生人呼称“先生”―連合国軍名Unit-09_XENON」
「教えてやってもいい」
「生存している」
縛られているのにミリアが飛び上がりそうになる。
「本当!?」
「先生に会わせて!」
「不可だ」
即答。
相変わらず感情が全く感じられない。
「Unit-09は現在同盟軍資産である」
「返却対象ではない」
「資産?」
ハンスが声を荒げた。
「人を物みたいに言うな!」
麒麟は少し間を置いた。
まるで本気で理解できないように。
「違いが分からない」
麒麟は続ける。
「Unit-09はH兵製造ユニットとして極めて優秀である」
「現在も稼働中」
「有効活用している」
ミリアの顔から血の気が引く。
「製造ユニット……」
「先生に何させてるのよ……」
返答はない。
代わりに麒麟はリンへ視線を向けたような気がした。
もちろん画面は真っ黒だ。
だが見られている。
そんな感覚があった。
「EX」
「お前達七人には前回大きな損害を受けた」
「予測外だった」
「今回は同じ過ちは繰り返さない」
「XENONおよびお前の協力を得る」
リンは睨み返す。
「断るわ」
「協力する訳ないでしょう」
「それにさっきから何? EXって」
「私のこと?」
「H兵製造ユニットも」
沈黙。
しばらくして声が流れた。
「拒否権は存在しない」
「このEXは未成熟個体か?」
「まあいい」
麒麟が続ける。
「完成体である必要はない」
「H兵」
「EXの輸送準備を進めろ」
「並行して現生人および支援機の廃棄も実施」
「承知いたしました」
黒い兵士が答える。
ミリアが叫んだ。
「待ってよ!」
「勝手に決めないで!」
麒麟は答えない。
ディスプレーが暗転する。
プツリ。
部屋には静寂だけが残った。
ハンスが顔をしかめる。
「廃棄だぁ?」
「ふざけた野郎だ!」
「野郎ではない」
フロムが言う。
「人間とは概念が違うわ」
「人間とはって…何なんだあいつは」
「魔物の王かなんかか」
ハンスが吐き捨てる。
「厄介である」
ヨウドがうなる。
黒い兵士達が近づいてきた。
拘束されたままの一行は台車に載せられた。
フロムは荷物のように運ばれる。
ヨウドは網に包まれたまま転がされる。
リン達は無理やり立たされ歩かされた。
長い通路。
無機質なコンクリートの壁。
どこまでも続いている。
生き物の気配がない。
まるで巨大な機械の内部だった。
やがて一室へ押し込まれる。
鉄の扉。
鍵が閉まる。
ガチャン。
静かになった。




