第60話 <地点JSA>
翌日。
一行は北へ向かっていた。
黒い兵士から示された地点。
そこはここからさらに北。
シユウ国方面。
馬車は荒れた道を進み続けた。
やがて大きな川に突き当たる。
ゆるやかに湾曲した流れは果てしなく続き、その水面は曇天を映して鈍く光っていた。
リンは御者台から前方を見た。
「この川沿いね」
「そうみたいだな」
ハンスが頷く。
馬車はそのまま川に沿って走り続けた。
丸一日。
景色はほとんど変わらない。
人影もなく村もない。
ただ川と森だけが続いていた。
そして夕方近く。
川が大きく湾曲した先に、何かが見えた。
「遺跡……?」
ミリアが目を細める。
崩れた石造りの建造物。
その傍らには古びた橋が一本架かっていた。
街道は橋を越え、そのまま北へ延びている。
クロウが低く言った。
「橋を渡る」
馬車はゆっくりと橋を進んだ。
木々のざわめきだけが周囲に響く。
橋を渡り終えると、今度は道の両側を深い森が囲んだ。
静かだった。
その先。
石造りの建物が見えてくる。
リンは思わず息を呑んだ。
まるで砦のような巨大な建造物。
風雨にさらされながらも、なお残り続けている。
クロウが建物を見上げた。
「あれだ」
青い目がわずかに光る。
「先方が指示した場所」
ハンスが鼻を鳴らした。
「どう見ても怪しいな」
「だからこそ慎重に行きましょう」
リンはそう言って周囲を見回した。
「この辺りに馬車を置いておく」
建物から少し離れた場所で馬車を止める。
全員が降りた。
ハンスが愛用の剣に手を置く。
「何かあったらすぐ戻るぞ」
誰も反対しなかった。
全員が警戒している。
建物へ近づく。
すると周囲の地形が少し窪んでいることに気付いた。
円形の広場。
数段の石段を下りて入る構造だ。
まるで闘技場のようにも見える。
嫌な予感がした。
リンたちは慎重に石段を下りる。
その時だった。
正面入口が開く。
中から黒い兵士達が現れた。
五人。
全員同じ姿。
全員同じ黒い仮面。
先頭の兵士が言う。
「武器を置け」
感情のない声。
「その後、ついて来い」
即座にハンスが答える。
「断る」
リンも続いた。
「当然ね」
ヨウドが腕を組む。
「同意である」
クロウ。
「敵施設侵入は推奨しない」
しばし沈黙。
黒い兵士は微動だにしない。
やがて口を開いた。
「ゼノンに会えないぞ」
リンは冷たく返した。
「武器を置いて行ったところで、会わせてくれる保証はないわ」
「合理的判断ではないな」
兵士はそう言った。
そして視線をリンへ向ける。
「必要なのはEXの女だけだ」
「現生人二人は不要」
「何もしなければ攻撃しない」
「帰れ」
さらにフロム達を見る。
「機械兵および支援機の計三体」
「本来は破壊対象だが敵対しないのであれば見逃す」
ハンスが一歩前へ出た。
「帰るつもりはねえよ」
ヨウドも頷く。
「敵前逃亡は出来ないのである」
「同意」
クロウ。
「同意」
フロム。
黒い兵士は首を横に振った。
「愚かな連中だ」
その瞬間。
兵士の手から何かが投げられた。
小さな筒。
リン達の足元に転がる。
大量の煙が噴き出した。
「逃げて!」
リンが叫ぶ。
しかし遅かった。
「ゲホッ……!」
ハンスが膝をつく。
ミリアも咳き込む。
「立ってられない……!」
「吸っちゃだめよ……!」
フロムが倒れた。
続いてリン。
ハンス。
ミリア。
次々と地面へ崩れ落ちる。
黒い兵士達が迫ってくる。
ヨウドは歯を食いしばった。
「むむむ……」
「これでは戦いようがないのである」
転がるリンを見る。
「せめてリンだけでも助けるのである」
リンを担ぎ上げる。
そのまま走ろうとした。
しかし。
黒い兵士が何かを投げる。
網。
金属糸の網だった。
ヨウドの全身へ絡みつく。
「ぬおっ!?」
転倒。
「動けないのである!」
兵士が見下ろした。
「機械兵に催眠弾が効く訳ないか…」
「どうする」
「この人形壊すか?」
別の兵士が肩をすくめる。
「いや」
「一応全て連れて来いという指示だ」
「いつ壊れてもおかしくない前世紀の遺物だがな」
意識が遠のく。
リンの視界は闇に沈んだ。
◇ ◇
遠くで声が聞こえる。
冷たい床の感触。
リンはゆっくりと目を開けた。
「……ん……」
身体が動かない。
ロープ。
全身を厳重に縛られている。
周囲を見回す。
薄暗い部屋。
コンクリートの壁。
そして。
「ハンス!」
床に転がされている。
「ミリア!」
その隣にはミリア。
フロムもロープで拘束されていた。
さらに。
「動けないのである」
ヨウドが金属製の網に包まれたまま転がっていた。
リンは顔をしかめる。
「捕まったのね……」
「そのようである」
ハンスも目を覚ました。
「くそっ……」
ミリアも唸る。
「身体が痛い……」
もそもそ動くがどうにもならない。
気が付いてしばらくすると。
ガチャン。
重い音とともに扉が開いた。
黒い兵士達が入ってくる。
リンたちは顔を上げる。
正面の壁には古びたディスプレーがあった。
突然起動した。
砂嵐。
ノイズ。
やがて画面が安定する。
声が響いた。
冷たい。
感情のない声。
リンが呟く。
「誰なの」
フロムの目が光った。
「高確率で麒麟よ」
しばらく沈黙。
そして。
画面の向こうの存在が答えた。
「その地上移動型支援機の識別は正しい」
「私はコード名」
「麒麟」




