第27話 <文化言語学研究室3>
室長は静かに聞いていた。
やがて立ち上がる。
一冊の資料を取り出した。
「では」
「これを読んでください」
リンは受け取る。
ページを開く。
数秒。
そして口を開いた。
「感染個体」
研究室が静まり返る。
室長だけが小さく頷く。
「やはり」
「読めるのですね」
室長はゆっくり語る。
「私には一つの仮説があります」
「魔物は最初から魔物だったのではない」
「かつて人や動物だった」
ミリアが顔を上げる。
ハンスも表情を変えた。
室長は続ける。
「魔物に襲われた人は魔人化する」
「魔犬に噛まれた獣は変異する」
「ならば原因は同じではないか」
「これらは病なのではないか」
リンは資料を見ながら読む。
「感染個体への接触を避けること」
「血液や体液に触れないこと」
研究員たちがざわつく。
「感染……」
「病気が伝染るという意味か」
室長は頷いた。
「その呼称が事実なら」
「魔物も魔人も」
「病によって変貌した存在かもしれません」
室長は別の棚へ向かった。
「ミリア君」
「君は遺物に興味があると言ったね」
「ええ!」
「大好き!」
「では聞こう」
「今の我々にこの遺物は作れるか?」
ミリアは即答した。
「無理」
「絶対無理」
「材料も分からない」
「作り方も分からない」
「その通りです」
室長は満足そうに頷いた。
「遺物だけではありません」
「遺跡も同じです」
「あれは鉄と石で出来ているが自然の石ではない」
「あの建物を作ることも材料をそろえる事も、今の私たちには出来ない」
部屋が静かになる。
室長は三人を見据えた。
「まずは私の考えている世界のことから話しましょう」
「かつての人類は今より遥かに高い文明を持っていた」
「そして――」
「私はかつてこの世界に魔物はいなかったと思っています」
室長は言葉を続けた。
「森は動物で溢れ」
「人々に恵みを与える場所だった」
「しかし何時の頃からか魔物が現れた」
「そして――ほぼ同じ時代に文明は失われた」
「自然災害が原因とは考えにくい」
「大きな戦争はあったようです」
「文明が失われた一因であったかもしれません」
「が、社会全体を崩壊させるほどの戦争が起きた痕跡は見られない」
「この国は比較的大きな島の中央に位置し、多くの遺跡が残されています。旧文明の時代はかなり栄えた地域であったようです。また、海を越えた西にはとても大きな大陸があり、大陸東側の地域だけでも複数の国があることが分かっています」
ハンスが目を見開く。
そして答えた。
「それって」
「ガキの頃に聞かされるおとぎ話に少し似ているな」
「魔法で魔物が生み出されたってな」
「戦争とか東の王様とか」
「光の英雄、天使とかはわかんねえけど」
室長は微笑んだ。
「私は」
「歴史の断片だと思っています」
「形を変えて語り継がれた記録です」
「それで、街は、その時に連中は? 魔物にやられちまったのか」
「天使は来なかったんだ」
室長は首を振る。
「発掘屋なら、銃や弾け玉のことは知っているでしょう」
「遺跡からは、さらに強い武器も見つかります。それらの武器を用いれば、いくら強い魔物がいても負けるとは考え難い」
「ただ、言えるのは、私たちの研究では、魔物が現れたのは最大二千年前。そして、旧文明が滅んだのもその頃。今より遥かに優れた武器を持ち、魔物もさしたる脅威にはならなかった人たち。だが旧文明は消え去った。彼らが魔物を生み出し、魔物によって滅んだのか。魔物が関係しているのか、あるいは何か他の理由があったのか」
室長は窓の外へ目を向ける。
そして再び三人を見る。
「リン君」
「私には“鍵”のことは分かりません」
「だが」
「君が求める答えは」
「この国にはないかもしれない」
部屋が静まり返る。
「この国に現れる魔物はいつも西から来る」
「海の向こう」
「西方大陸」
「そこには幾つもの大きな国があり」
「魔物を操る術を所持している国もあると聞きます」
室長は静かに言った。
「宰相を紹介しましょう」
「西の国との交流を管理している人物です」
「私より多くを知っているでしょう」
そして最後に付け加えた。
「貴方たちが求める答えは――」
「おそらく西にあります」




