第26話 <文化言語学研究室2>
研究室。
天井まで届く本棚。
壁一面の巻物。
石板。
地図。
古代の遺物。
学術院の中枢と呼ぶに相応しい部屋だった。
ミリアは完全に落ち着きを失っていた。
「ねえ、あれ見ていい?」
「ダメです」
「あっちは?」
「もっとダメよ」
「なんでよ!」
「壊すから」
珍しくリンが答えた。
一瞬静かになる。
ハンスが吹き出した。
「信用ねぇな」
「失礼ね!」
ミリアが抗議する。
「私は研究者よ!」
「前に遺物を分解しようとして爆発させただろ」
「事故よ!」
「三回連続は事故じゃねぇ」
研究員たちの間からも笑いが漏れた。
室長は椅子に腰掛ける。
三人も向かいに座った。
クロウだけは、いつの間にか姿を消していた。
「組合長からの紹介状は拝見しました」
「“戻る”」
「“鍵”」
「それを探しているそうですね」
しばらくリンを見る。
「おとぎ話に興味がある、という話ではなさそうだ」
「まず聞きましょう」
「君は何者ですか」
「分からない」
即答だった。
室長が僅かに眉を動かす。
「名前は」
「リン」
「出身は」
「分からない」
「覚えていることは」
リンは少し考える。
「森」
「義父」
「村」
「それ以前はない」
部屋が静かになった。
室長は指を組む。
「記憶喪失」
「だが古代文字が読める」
「興味深いですね」
さらに尋ねる。
「貴方は大変強いそうだ」
「どこかで訓練を?」
「分からない」
「だが魔物は倒せる」
「体が勝手に動く」
室長は黙る。
続いてハンスを見る。
「ハンス君」
「不死身のハンス」
「交易都市では有名人ですね」
「君もリン君と同じ目的ですか」
ハンスは肩を竦めた。
「俺は付いてきただけだ」
「リンとは交易都市の近くで知り合った」
「体が丈夫だからそんな呼び名が付いているが…」
「単なる発掘屋だよ」
するとミリアが割り込む。
「私はミリア!」
「交易都市一番の研究者!」
「ねえ見て、この銃」
「私が改造したのよ」
「ミリアスペシャル!」
「ここの遺物について教えて!」
誰も聞いていない。
室長は苦笑する。
「ほう」
「独学で?」
「優秀なお嬢さんだ」
ミリアが胸を張った。
ハンスはため息をつく。
「褒めると調子に乗るぞ」
室長は再びリンを見る。
「リン君」
「君が何者なのか、私も非常に興味があります」
「だがまずは」
「君の知りたい話からにしましょう」
リンはゆっくり頷く。
過去の記憶。
義父の言葉。
失った村。
旅の理由。
それらを確かめるように話し始めた。
「魔犬と魔人に襲われた村で育った」
「父も村も失った」
「私の出発点だ」
「だがそれ以前は分からない」
「私は皆と少し違う」
「それは自分でも分かる」
「“戻る”と“鍵”は父の言葉だ」
「だが…」
「旅をしているうちに思った」
「私の体」
「私の過去」
「その言葉」
「全部つながっている気がする」
リンは室長を見た。
「世界を戻したい」
「そして――」
「私が何者なのか知りたい」




