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崩壊世界の再生人類  作者: Beta
目覚め

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2/17

第2話 <魔人>

 町は、壁で囲まれていた。

 石を積み上げただけの粗い造りだが、外の荒野に比べればずっと“内側”に見える。

 風は弱く、人の匂いがあった。


 入口には、ふたりの男が立っている。

 背は高い。180はあるだろう。

 このあたりでは珍しく、肉付きも悪くない。

 だが——目つきが腐っていた。


 女が近づくと、二人の視線がゆっくりと動く。

 上から下まで。

 値踏みするように。


「止まれ」

 片方が言った。

 もう一人は黙ったまま、にやにやと笑っている。


「入るなら金だ」

「いくら」

「500クレジット」


 女は、わずかに目を細めた。

「聞いたことがない額だな」

「最近、上がったんだよ」

 笑う。

 露骨すぎる嘘だった。


 女は何も言わない。

 代わりに、小さな革袋を取り出し、中を見る。

 中には硬貨が数枚。


「足りねぇな」


 もう一人が口を開く。

 視線は、女の顔ではない。

「払えねぇなら、別の方法もある」

 顎で、壁の内側を示す。

「兵舎の裏、休憩所がある。分かるだろ?」


 空気が変わる。

 露骨な欲望。

 女は、しばらく二人を見ていた。

 それから、ゆっくりと一歩踏み出す。

 門番の男が腕を掴もうとした瞬間——


「っ!?」

 関節が、あり得ない向きにねじれた。

 男の顔が歪む。

 声にならない悲鳴。

 女はそのまま腕を持ち上げ、軽く押す。

 膝から崩れ落ちた。


 もう一人が腰の棍棒に手を伸ばす。

 それより早く、足払い。

 地面に叩きつけられる。

 乾いた音。

 静かになる。


 女は何も言わず、地面に小さく硬貨を投げた。

 転がる。

 止まる。

 銅貨一枚。


「……入街料」

 短く言う。

 倒れた門番の横を通り、そのまま中へ入った。


 町の空気は、重かった。

 生きているのに、どこか死んでいるような匂いがする。

 人はいる。

 だが、誰も笑っていない。


 女は通りを進みながら、視線だけを動かす。

 武器、歩き方、傷。

 そして——


 広場の一角で、人だかりができていた。

 ざわめき。

 抑えた声。

 怒りとも恐怖ともつかない空気。


 女は足を止め、少しだけそちらへ向いた。

 地面に、ひとりの男が押さえつけられている。

 手足を縛られ、口から泡を吹いている。


「離せ……ッ!」

 叫びは、声になっていない。

 身体は痙攣し、皮膚の下を何かが走る。

 周りの人間は、誰も近づかない。


「噛まれてる」

「もうダメだ」

「早くやれ」

 短い言葉だけが飛ぶ。

 女は、黙って見ていた。


 男の目が、こちらを向く。

 焦点が合っていない。

 だが、確かに“助け”を求めていた。


 次の瞬間——

 身体が跳ねた。

 背が反り返る。

 骨がきしむ音。

 皮膚が裂け、黒い筋が浮かび上がる。

 誰かが後ろから叫んだ。


「やれ!」

 一人の男が斧を振り下ろす。

 音だけが響いた。

 静寂。

 動いていたものが、止まる。

 観衆が、一斉に息を吐く。


「……遅ぇよ」

「変わりきる前にやれって言っただろ」

 誰かが呟く。

 だが、誰も責めない。

 当たり前のことのように。

 女はその光景を、最後まで見ていた。

 目をそらさない。

 感情も見せない。

 ただ、観察するように。

 それから、何も言わずにその場を離れた。


 広場からは放射状にいくつかの道が伸びる。

 このあたりは町の中心、多少の人の賑わいはある。

 道沿いの一軒の店、入り口に吊るされた布をめくる。


 中には、老人がひとり。

 咳をしている。


「……客か」

「水と、干し肉」


「薬はねぇぞ」

 女は少しだけ目を伏せる。


「……効かないのか」

「効いたらこんな町になってねぇ」

 老人は笑った。

 乾いた音。

 しばらく沈黙が続く。


 やがて老人が口を開いた。

「見ただろ」

「……何を」

「さっきのだよ」

 女は少し間を置く。


「……魔人か」

「名前は色々あるな」

 老人は肩をすくめる。

「噛まれりゃ終わりだ」

「……終わり?」

「高い確率で、死ぬか、ああなるか」

 わずかに顎をしゃくる。


「どっちにしても同じだな」

 女は黙る。

「確実じゃねぇ」

 老人が続ける。

「噛まれても平気なやつもいる」

「……割合は」

「知らねぇ」

 即答だった。

「だが少なくとも、運に任せるもんじゃねぇ」


 少しだけ間を置く。

「最近は特にひどい」

「……」

「人も減った。村も減った」

 遠くを見るように言う。

「森のもんは全部危ねぇ。獣もな」


 女の視線がわずかに動く。

「……獣も?」

「家畜も魔物になる」

 あっさりと言う。


「昔はなかったらしいがな」

 咳をする。

 少しだけ血が混じる。

「昔は、人も獣も普通に生きてた」

「……」

「畑もあってな、こんなとこじゃなかった」

 女は何も言わない。

 ただ聞いている。


「今じゃ全部終わりだ」

 投げるように言う。

 だが完全な絶望ではない。


「だからな——」

 老人の目が、ほんの少しだけ強くなる。

「“戻る”って話が残ってる」

 女が初めて反応した。


「……戻る?」


「ああ」

「何に」

「さあな」

 笑う。

「昔に、だろ」

 いい加減な答え。


「昔ってなんだよ」

「さあな」

「あんな連中がいない時があったんだとさ」

「それに“戻る”のか?」

「さあな、そんなもん信じてるやついねぇがな」


 少しだけ間を置く。

「ただ——」

 視線が、女に向く。


「そういうの、探してる顔か?」

 女は答えない。

 否定もしない。

 老人はまた笑った。


「いいじゃねぇか」

「……何がだ」

「探してるやつは、まだ終わってねぇ」

 静かな言葉。

 外の風の音だけが入ってくる。


「……どこに行く」


 老人が聞く。

 女は少しだけ考えた。

 そして答える。


「分からない」

「……そうか」

「……だが」

 わずかに言葉を足す。


「探す」

「何を」

 間。

 ほんのわずか。

「……鍵だ」

 老人は一瞬だけ、目を細めた。

「……面白いこと言うな」


 風が、また強くなる。

 背後で、誰かが騒いでいる声がする。

 街を出る。振り返らない。

 興味もない。

 ただ歩く。

 荒野へと。


 少しばかりの岩山が現れ、その間をぬうように道が続いていた。

しばらく進んだところで、足が止まる。


 風に混じって、嫌な匂いがした。

 腐敗と、鉄と——

 何かが“変わった”匂い。

 女の身体が、自然に構える。

 その瞬間。

 何かが、岩山の隙間から飛びついた。


 反応は間に合う。

 だが、完全には避けきれない。

 牙が肩に食い込む。

 深い。


「……っ」


 初めて、声が漏れた。

 目の前のそれを見る。

 人の形だった。

 だが皮膚はただれ、骨格は歪み、目は濁っている。


 ——魔人。


 振り払う。

 剣で叩き切る。

 それでも、遅い。

 噛まれた感触が、じわじわと広がる。


 熱。

 痛み。

 違和感。

 女はその場に膝をついた。


「……これは……」

 呼吸が乱れる。

 視界がぼやける。

 体の内側で、何かが動いている。

 侵入してきた異物と、自分の中の何かがぶつかり合う。


 拒絶。

 破壊。

 再構築。

 理解できるはずのない感覚が、なぜか分かる。


「……は……」

 そのまま、倒れる。

かろうじて岩陰へと這い寄る。

 意識が落ちる寸前——

 あの老人の顔が、浮かんだ。

『死ぬ気あるか?』

 女は、わずかに笑った。

「……ない、な」

 暗闇に落ちる。


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