第109話 <監視3>
クロウが監視を始めてから五日目の朝。
リードとスタンは、再び基地を出た。
前回と同じ馬車。
同じ時間。
向かった方向も同じだった。
二人は大都へ入り、物資を積んで戻った。
基地を離れていた時間は、前回とほぼ一致する。
そして六日目。
人員の出入りはなかった。
夜間、地下から大きな衝撃音が何度か響いた。
地面が微かに揺れる。
戦闘音に似ていた。
クロウは高度を落とし、集音装置を最大出力にする。
金属同士が激しくぶつかる音。
銃声。
さらに、何か巨大なものが壁へ叩きつけられたような衝撃。
音は十分ほど続いた。
やがて途絶える。
何が起きているのかは分からない。
ただの訓練とは思えないほど、激しい音だった。
クロウは地下施設の入り口を見つめた。
その夜、扉が開くことはなかった。
七日目。
クロウが宿へ戻ったのは、陽が沈む少し前だった。
リンたちは、すでにテーブルを囲んで待っていた。
クロウは窓から室内へ入り、地図の横へ降りた。
「監視結果を報告する」
全員の視線が集まる。
「地下施設への出入りを確認した人員は、黒い兵士五名のみ」
「地上から確認できる常設の見張りはいない」
「しかし、施設内部の警備状況は不明」
ミリアが地図の上へ紙を重ねる。
クロウが記録した情報をもとに、遺跡周辺の位置関係を書き込んでいく。
「リードおよびスタンと呼称される二名は、二日から三日ごとに基地を離れる」
「大都で食料、弾薬などを補給し帰還する」
「次に二人が基地を出るのは、いつ頃?」
リンが尋ねる。
「これまで通りなら、明日または明後日」
「二人がいない間、基地に残るのは三人ね」
ミリアが呟く。
クロウが言う。
「ケイ、ミズカネ、カドメイア」
「残っている黒い兵士の呼称だ」
ハンスはケイの名を聞き、わずかに視線を動かした。
脳裏に、赤い髪が浮かぶ。
谷川。
焚火。
魔鳥との戦い。
そして、別れ際に交わした言葉。
だが、ハンスは何も言わなかった。
「敵の装備も一部確認した」
クロウが続ける。
「ミズカネは迫撃砲」
「カドメイアは重機関銃を使用する」
「あの狂ったような砲撃、その兵士だったのね」
リンは森での戦いを思い出す。
木々の間へ次々と落ちてきた榴弾。
ミリアとフロムを飲み込んだ爆炎。
「さらに、基地内部では夜間に激しい戦闘音が確認された」
「戦闘?」
ヨウドが聞き返す。
「銃撃および近接戦闘と推定される」
「黒い兵士同士で訓練していたのかしら」
フロムが言う。
「判断不能」
「先生かもしれない」
ミリアが小さく呟いた。
全員がミリアを見る。
「先生は剣士なの」
ミリアの眼鏡に光が映る。
「麒麟に捕まっているなら、あの基地にいるかもしれない」
「それで黒い兵士たちと戦わされていると?」
リンが尋ねる。
「それは分からないけど……」
ミリアは目を伏せた。
やがてクロウが、ミリアを見る。
「暗証番号を提示しろ」
「施設内部の確認が必要だ」
「クロウであれば単独潜入できる可能性がある」
「潜入するの!?」
驚いた顔でミリアが顔を上げる。
「それは危険よ」
リンがクロウを見る。
「地上部から確認できる監視装置はない」
「入口の扉は、暗証番号によって開閉可能と推定される」
「ミリアの記憶した番号が正しければ、内部への侵入は可能だ」
「人員との接触は避ける」
クロウは淡々と説明する。
「施設構造、警備設備、収容者の有無を確認した後、直ちに離脱する」
「飛行型」
「危険度は算出できたの?」
フロムが尋ねる。
「不明」
「それって危ないってことでしょ」
リンが言う。
「偵察とは、危険度を確定するための行動だ」
「そういう理屈を聞いているんじゃないわ」
リンはクロウを見つめた。
クロウの眼が静かに光る。
「問題ない」
いつもの言葉だった。
根拠があるのか。
それとも、リンを安心させるために言っているのか。
今のクロウなら、どちらなのか分からない。
「私も行く」
ミリアが言った。
「却下だ」
クロウが即答する。
「まだ何も説明してないじゃない!」
「説明は不要だ」
「私なら遺物や機械を調べられるわ!」
「人間が侵入した場合、各種警報が稼働する可能性が高い」
「クロウであれば野生動物の誤侵入と判断されることも考えられる」
「ミリア:現生人類・外見年齢十五歳前後」
「走行能力:五十メートルを概ね十秒」
「戦闘能力:改造拳銃による単発攻撃、威力は大」
「ただし発射後、反動からの回復および次弾発射準備に約五分を要する」
「素手による攻撃:小動物による打撃、俗称ネコパンチ程度」
「以上から、敵に発見された場合、高確率で捕獲、または致命的損傷を受けると判断する」
ミリアが黙り込む。
「いずれにせよ…」
クロウが続ける。
「最初の侵入はクロウ一体で実施するべきと判断する」
「リードとスタンが基地を離れた日を選ぶ」
「扉の開閉にはミリアが確認した暗証番号を使用する」
ミリアは不満そうだった。
それでも、やがて小さく頷く。
「分かった」
そして紙へ数字を書き始める。
一つ。
二つ。
三つ。
最後まで書き終えると、紙をクロウの前へ置いた。
「間違いないわ」
クロウの眼が数字を読み取る。
「記録した」
リンは地図へ視線を落とした。
遺跡。
地下施設。
黒い兵士たち。
そして、その奥にいるかもしれないゼノン。
これまで、敵のことは何も分からなかった。
だが今は、少しずつ輪郭が見え始めている。
「次に二人が出た日」
リンが言った。
「クロウが基地へ入る」
全員が頷いた。
偵察は、次の段階へ進もうとしていた。
◇ ◇
一方、遺跡の地下。
薄暗い監視室で、一つの画面が映し出されていた。
画面には、遺跡周辺の空が映っている。
夕刻の記録映像。
はるか上空。
黒い小さな影が、岩山の向こうへ飛び去っていく。
画面の前に立つリードは、その影を黙って見つめていた。
「鳥か?」
隣にいたスタンが尋ねる。
「……ああ」
リードは短く答える。
「ただの鳥ですか」
リードはすぐには答えなかった。
やがて画面から視線を外す。
「今のところはな」
監視映像を切り替える。
誰もいない夜の遺跡が映し出された。
その片隅で。
警戒表示が、青から黄色へ変わっていた。




