第107話 <監視1>
早朝。
大都の南門が開くと同時に、一羽の黒い鳥が城壁を越えた。
クロウだった。
低く立ち込める朝靄の上へ飛び出す。
眼下には、どこまでも続く草原。
地平線へ向かって一本の街道が伸びていた。
街道を行き交う馬車。
朝早くから畑へ向かう人々。
柵の中で草を食む家畜。
クロウは黒い翼を広げ、高度を上げた。
遺跡の位置は、ミリアとフロムから聞いている。
大都の南門から南へ延びる街道をたどり、途中で西に向かう街道へと入る。
ミリアたちが通った経路を確認するため、クロウは街道に沿って飛んだ。
しばらく進むと旧文明の遺跡がある。
人の足なら一日近くかかる距離。
だが、クロウなら問題ない。
上空から街道をたどり、平原を西へ飛ぶ。
やがて前方に幾つもの小さな岩山が見えてきた。
旧文明の遺跡。
既に自然物か人工物かの判別も難しい。
崩れた建物。
半ば土に埋もれた金属製の残骸。
錆びた柱。
クロウは高度を落とす。
遺跡の周囲を大きく旋回した。
人影はない。
遺跡のほぼ中央にある広場には、卵形に盛り上がった布の塊が置かれている。
クロウはしばらく小さな岩山のように崩れた建物跡の辺りを飛び回る。
建物跡のひとつに、地下に続く階段を見つけた。
その奥には金属製の扉があった。
ミリアの報告と一致する。
周囲に見張りはいない。
監視装置らしきものも、外からは確認できなかった。
だが、何もないとは限らない。
クロウは建物から少し離れたところに生えている木に移動する。
枝にとまり、地下施設の入り口を監視する。
正午になった。
夕方になった。
やがて太陽が地平線へ沈む。
それでも扉は開かなかった。
クロウは動かない。
支援機であるクロウに、夜ごとの睡眠は必要ない。
数日であれば連続稼働も可能だった。
夜になる。
平原の風が強くなる。
草が波のように揺れ、低い音を立てた。
遺跡は静まり返っていた。
だが。
クロウの聴覚装置は、地下から響く微かな振動を捉えていた。
一定の周期で続く低い音。
動力設備。
地下施設は、今も稼働していた。
クロウは木にとまり続けた。
◇ ◇
翌日。
朝早くに地下の扉が開いた。
クロウの眼が光る。
先に現れたのは、黒い軍服を着た男だった。
黒髪。
長身。
森で部隊を指揮していた兵士。
ミリアがリードと呼ばれていたと報告した個体だ。
クロウはその姿を記録する。
仮面は着けていない。
内部に保存されているUnit-09ゼノンの映像記録と照合した。
身体的特徴の多くがゼノンと高い一致を示す。
だが、輪郭、眼の形などわずかに違う。
ゼノンそのものではないとも考えられる。
ただ、無関係な現生人と考えるには驚くほど酷似していた。
リードに続いて、もう一人の兵士が現れる。
黒い短髪。
がっしりとした体格。
スタン。
二人は地下から木箱を運び出している。
一台の馬車へ積み込む。
やがてリードが御者台へ座り、スタンが隣へ乗った。
馬車が動き出す。
向かったのは大都の方向だった。
クロウは木から飛び立った。
馬車との距離を保ち、高空から追跡する。
途中で休憩を挟みながら、馬車は街道を進んだ。
夕方。
馬車は大都の南門へ入った。
クロウは城壁の上を越える。
馬車が止まったのは、王城近くにある倉庫街だった。
リードとスタンは王城へと入って行く。
しばらくすると帰ってきた。
指示を受け兵士らが木箱を降ろし、代わりに別の荷物を積み始める。
食料。
燃料。
細長い木箱。
酒樽のような容器。
さらに、荷台の中央には大きな物体が積まれる。
厚い布で覆われているため、形状は確認できない。
リードが商人らしき男と話していた。
スタンは荷物を確認し、手元の紙へ一つずつ記録している。
クロウは近くの屋根に降りた。
集音装置の出力を上げる。
「砲弾は、これだけか」
スタンの声が聞こえた。
「先月の倍でしょう」
商人が答える。
「倍でも足りない」
「いったい何に使うものなんですか?」
「知らなくていい」
スタンは淡々と答えた。
さらに別の箱を開ける。
中には機関銃用の弾薬が詰まっていた。
スタンの眉間にしわが寄った。
「こちらも少ない」
「注文通りの数を用意しましたよ」
「注文を出してから、消費量が増えた」
商人は困ったように頭をかいた。
「次は、もっと早く言ってください」
「次があればそうする」
スタンは箱を閉じた。
リードは少し離れた場所で、周囲を警戒している。
人々が行き交う街中でも、その姿勢は崩れない。
ふと。
リードが顔を上げた。
視線がクロウのいる屋根へ向く。
クロウは動きを止めた。
青い眼の発光を抑える。
リードはしばらく屋根を見ていた。
だが、何も言わずに視線を戻した。
クロウはその場から離れた。
リードとスタンを乗せた馬車は大都を出た。
遺跡へ戻ったのは、陽が沈んだ後だった。
金属扉が開く。
荷物が運び込まれる。
二人は地下へ消える。
再び、遺跡は静かになった。




