第106話 <材料調達>
薄暗い地下空間。
石壁に囲まれた広間に、巨大な檻が並んでいた。
檻の中から聞こえるのは、人の声だけではない。
牛の鳴き声。
馬が床を蹴る音。
犬の遠吠え。
そのすべてが重なり、低いざわめきとなって地下へ響いていた。
中央には、大きな作業台が置かれている。
その上に広げられているのは、この周辺の地図だった。
大都。
南部の街道。
点在する村。
そして、西の平原にある古代遺跡。
白髪の魔人が地図を見下ろしていた。
周囲に集まる魔人たちの様子からも、この場のリーダー格であることが分かる。
そして。
「これだけか?」
苛立たしげに指を鳴らした。
向かいに立つ魔人が頭を下げる。
「はい」
「街道周辺には警備兵が増えております」
「帝国側も不明者の増加に気づいたようです」
白髪の魔人が鼻を鳴らした。
「だから何だ」
卓上の紙をつかみ、放り捨てる。
「警備兵が増えたなら、その警備兵も持ってくればいい」
「しかし騒ぎが大きくなれば麒麟が――」
「もう騒ぎになっている」
白髪の魔人は再度、地図を見る。
街道。
牧場。
大都の外縁部。
「回収区域を広げる」
「物品を輸送中の集団も狙え」
「護衛も回収対象に含めますか」
「当然だ」
「高い戦闘能力を持つ個体は加工後も高い能力を維持する可能性がある」
担当の魔人が聞く。
「追跡型は…」
「嗅覚に優れた原料が不足しています」
「村々には犬がいるだろう」
「回収対象へ追加します」
白髪の魔人は地図の一点を指した。
西の遺跡。
麒麟が使用している地下施設だった。
「あそこを落とす」
魔人たちの間に、わずかなざわめきが走った。
「麒麟の施設を…ですか?」
「ああ」
「連中は兵士増産に必要な発生工学技術を完成させた」
「あそこはH兵製造の拠点だ」
「ゼノンもいる」
白髪の魔人の口元が歪んだ。
「うまく占拠すれば」
「戦力に組み込めそうな試作品を何体も入手できる可能性がある」
「黒い兵士……H兵ですか」
「名前などどうでもいい」
指先で地図を叩く。
「奪えるものは奪う」
「壊れたものは回収する」
「使えないものは材料へ戻せ」
白髪の魔人は檻の方を見た。
鉄格子の向こうで何かが動いている。
「だが、今の兵力では足りん」
「先日の損失が大きすぎます」
別の魔人が言った。
「だから補充する」
魔人は当然のように答えた。
「材料をもっと集めろ」
檻の中から鉄格子を叩く音が聞こえた。
魔人が再度尋ねる。
「人間の追加回収ですか?」
「人間だけとは言っていない」
魔人は面倒そうに振り返る。
「人間は素材としてあまり適していない」
「牛でも馬でも構わん」
「身体が大きく、丈夫なものを優先しろ」
「できれば猛獣がいい」
「だが数も必要だ」
「足りない分は人間で埋めろ」
「適合しなかった個体は?」
「生体兵の食料に使え」
一切の迷いがない。
「いずれにせよ全て兵器の材料だ」
檻の奥から、子どもの泣き声が響いた。
兵士の一人が、わずかに顔を動かす。
魔人は音のした方さえ見なかった。
「三日以内に集めろ」
「麒麟の施設を襲う」
他の魔人たちが頭を下げる。
「承知しました」
◇ ◇
シユウ帝国より遥か西方。
大陸中央部。
人間が近づくことのできない場所で三つの戦略指導体による通信が開始された。
姿はない。
ただ、それぞれの意思を示す通信だけが高速で交わされている。
最初に発信したのは麒麟だった。
『地域政治集団――現生人による呼称「シユウ帝国」』
『代表者より生体資源の過剰採取に関する申し入れを受信した』
『現在の採取量を継続した場合、地域の生産力低下、政体の不安定化が生じ、当方への物資供給に支障が生じる可能性がある』
極光が即座に応答する。
『当該地域における追加採取はH兵による当方戦力の損失に起因する』
『麒麟に対し所属戦力による大陸東部での独自行動および作戦妨害の停止を要求する』
『不同意』
麒麟が答える。
『H兵は既存の生体兵―感染性生物兵器に代わる戦力として開発した』
『従来型生体兵は制御性が低く地域政治集団および生産基盤への損失も大きい』
『H兵の実用化をもって生体兵の運用は縮小すべきである』
極光の返答に間はなかった。
『当方は、これまで麒麟管轄区域へ生体兵を継続的に供与してきた』
『当該戦力は地域制圧および拠点防衛に寄与した』
『麒麟もEX捕獲に当方供与の生体兵を活用したはずだ』
麒麟も即答する。
『供与実績は認識している』
『しかし過去の実績は現在の性能評価を変更しない』
短い沈黙。
『了解した』
極光が発信する。
『以後、麒麟管轄区域への生体兵供与を停止する』
『半島地域および東部諸島における軍事行動は、現有戦力のみで実施されたい』
『この措置は、コード名麒麟の要請によるものとして記録する』
麒麟から応答はない。
極光が続ける。
『当方は知能を保持したまま強化させる改良型感染技術を実用化した』
『改良型生体兵―新型魔人による従来型生体兵の統率も可能である』
『生体兵に対する性能評価の更新を要求する』
『制御の安定性は実証されていない』
麒麟が答える。
『継続的な生産と実戦運用により改善可能である』
極光は続けた。
『さらに戦力低下を補うためH兵を同盟軍共通戦力に編入することを要求する』
『不同意』
麒麟が即答する。
『H兵開発は私の管轄案件である』
極光が再度要求する。
『H兵は生体兵の宿主として高い適性を持つと予測される』
『感染処置後の戦闘能力は現在の性能を上回る可能性が高い』
『試験個体の供与を要求する』
『不同意』
麒麟の答えは変わらなかった。
『H兵は長期間にわたる発生工学研究の成果である』
『不確定な感染処置への使用は認められない』
『兵力および製造技術の共有は、同盟軍全体の戦力向上に寄与する』
『個別管轄を理由とした戦力の固定化はセクショナリズムに該当する』
極光の通信に、非難の色はなかった。
ただ事実を指摘しているだけだった。
短い沈黙。
そして。
それまで発言しなかった超銀が割って入る。
『戦略指導体間における対立を確認した』
『対応方針の統一を要求する』
再び沈黙。
『不同意』
麒麟が答えた。
直後。
極光も答える。
『不同意』
通信は、それ以上進展しなかった。




