第105話 <シユウ帝国の主>
翌日。
王城の裏手に一台の馬車が到着した。
王族や貴族が使用する正門ではない。
物資搬入用の裏門だった。
黒い軍服を着た二人の兵士が、馬車から降りる。
一人は黒髪の男。
もう一人は、がっしりとした体格の男だった。
二人とも武装している。
だが、王城の警備兵は武器を向けなかった。
誰も、二人を止めようとはしない。
あらかじめ来訪を知らされていたからではない。
止めてはならないと命じられていたからだ。
ソデュームは、小さな応接室で二人を迎えた。
「いつも助けてもらって感謝する」
黒髪の兵士が言った。
だが言葉とは裏腹に、申し訳なさそうな様子はない。
「受け取りの手続きはいつも通り行う」
「承知しております」
ソデュームは頷いた。
黒髪の兵士。
リードは、机の上へ一枚の紙を広げた。
複雑な図面だった。
「それとは別に確認したい」
「以前渡した設計図の装置は完成したか?」
「はい」
ソデュームが答える。
「あれほど精密な装置を製造できる職人は限られております」
「時間はかかりましたがようやく完成いたしました」
「動作確認は?」
「設計図に記された範囲では問題なく作動しております」
「そうか」
リードが図面を畳む。
「明日、基地へ運ばせる」
「承知いたしました」
「それから次は酒を用意してほしい」
「酒、でございますか?」
「ああ」
リードの隣に立つスタンが、わずかに視線をそらした。
「可能な限り濃度の高いものだ」
「飲用でなくても構わない」
「量は?」
「多いほど助かる」
ソデュームは首を傾げた。
食料。
薬品。
装置類。
だが今度は酒だという。
しかも飲むためとは限らないと。
何に使うつもりなのか。
尋ねたかったが、やめておいた。
これまでも主様からは設計図や調合仕様を渡され物資の製造を命じられることは多かった。
不思議な形状の物品、よく分からない薬品の組み合わせ。
自分たちには分からない使い道があるのだろう。
「ただちに手配いたします」
「頼む」
用件は終わった。
普段ならば、これで二人は去る。
だが。
ソデュームは意を決した。
「あの……」
立ち上がろうとしていたリードが止まる。
「何だ」
「一つ、お願いがございます」
「物資の対価についてなら、これまで通りだ」
「いえ、そうではありません」
ソデュームは膝の上で手を握った。
「近頃、帝国内で行方不明者が増えております」
「特に大都近郊と南部の街道で人や家畜が消えております」
リードの表情は変わらない。
スタンだけが、わずかにソデュームへ顔を向けた。
ソデュームは慎重に言葉を選ぶ。
「民の間にも不安が広がっております」
「国の安寧にも関わることでございます」
喉が渇く。
それでも続けた。
「可能でございましたら……」
「主様に少しお考えいただけないかと…」
「お伝え願えませんでしょうか」
沈黙。
リードとスタンが顔を見合わせる。
ソデュームは息を止めた。
言ってしまった。
相手の機嫌を損ねただろうか。
要求を取り下げるべきか。
そう考え始めた時。
リードが舌打ちした。
「チッ」
ソデュームの身体が硬くなる。
「極光の連中か」
「極光……?」
聞き覚えのない言葉だった。
リードは小さく息を吐いた。
「皇帝」
「は、はい」
「悪いが、それは俺たちとは別の連中だ」
ソデュームは、すぐには意味を理解できなかった。
「別の……?」
「俺たちの主には伝えておく」
リードは面倒そうに頭をかいた。
「お前の民をさらっている奴らの主に、話を通すようにな」
ソデュームは目を見開いた。
主様以外に。
別の何者かがいる。
しかも、その何者かもまた、人間を超えた存在だというのか。
「本当に……お伝えいただけるのですか?」
「ああ」
リードは踵を返した。
「皇帝が困っているとな」
「感謝いたします」
ソデュームは立ち上がり、深く頭を下げた。
「何卒、よろしくお願いいたします」
リードは返事をしなかった。
スタンと共に応接室を出ていく。
扉が閉まる。
ソデュームは、しばらく頭を下げたまま動かなかった。
やがて椅子へ座る。
大きく息を吐いた。
伝えてもらえる。
主様が動けば、失踪も収まるかもしれない。
そう考えると、少しだけ肩の力が抜けた。
だが。
新たな疑問が残った。
極光とは。
そして主様とは別の存在。
民をさらっている者たち。
ソデュームは扉を見つめる。
自分たちが暮らすこの国の中で、いったい何者が動いているのか。
皇帝であるはずのソデュームには、何も分からなかった。
◇ ◇
王城の廊下を歩きながら、スタンが尋ねた。
「本当に伝えるのですか」
「ああ」
リードは答えた。
「連中、やりすぎだ」
「極光が聞き入れるとは思えませんが…」
「頼むだけならな」
リードは足を止めなかった。
警備兵たちが道を空ける。
誰も二人を見ようとしない。
「物資の調達先が混乱するのは困る」
「それだけですか?」
「それにな」
「奴らは俺たちの邪魔になっている」
「連中の兵力減に役立てば」
「極光も、『過剰な採取は原料供給に影響が出る』と言えば考えるだろう」
スタンは頷く。
そしてリードは小さく言った。
「俺たちは、人間を集めろとは命じられていない」
城外へ続く扉が見えてくる。
外では、荷物を積み込む兵士たちが待っていた。
食料。
燃料。
そして、帝国の職人たちが設計図をもとに製作した装置。
二人は王城を出る。
しばらくして。
物資を積んだ馬車が、大都の裏門から走り出した。
向かう先は、西の平原。
地下に隠された基地だった。




