第103話 <報告会3>
ミリアがリンを見つめる。
「ねえ。先生を助けに行きたいの」
リンはすぐには答えなかった。
ミリアの気持ちは分かる。
ゼノンはミリアにとって恩人であり、先生でもある。
ミリアが西方大陸まで来たのは、ゼノンを捜すため。
だが、相手は自分たちを何度も襲ってきた黒い兵士たちだ。
「それだけじゃないの」
ミリアが続ける。
「もう一つ、気になることがあって…」
「あの黒い兵士の中にリードって呼ばれている奴がいたの」
リンは森での襲撃を思い出す。
黒い軍服。
仮面と防具で顔を隠した兵士たち。
その中でも、他の兵士へ命令を出している男がいた。
「あいつらの隊長みたいなヤツか?」
ハンスが尋ねる。
「多分ね」
ミリアは頷いた。
「そのリードが基地へ入る直前に仮面を外したの」
ミリアの指が無意識に眼鏡の縁へ触れる。
「あの顔……」
言葉が途切れた。
「先生にそっくりだった」
ハンスが眉を寄せる。
「先生って、ゼノンか?」
「うん」
ミリアは小さく頷いた。
「でも多分…」
「先生じゃない」
「どういうこと?」
リンが尋ねる。
「分からない」
ミリアは首を横に振った。
「似ていた。すごく似ていたの」
「髪も、眼も、顔の形も」
「でも、何かが違うの」
「雰囲気って言うか…何て言うか」
ミリアは一度眼を閉じ、記憶の中の顔を確かめるように続けた。
「先生より年を取っているようにも見えた」
「本人ではない?」
クロウが尋ねる。
「うん」
「違うと思う」
「でも、他人とも思えないくらい似ていた」
クロウの眼がゆっくりと明滅する。
「麒麟はゼノンを捕獲した」
「そして何らかの目的で有効活用していると発言した」
「それと関係があるのであるか」
ヨウドが応じる。
「可能性は高い」
「どういうこと?」
ミリアがクロウを見る。
しかしクロウは答えなかった。
黒い兵士の隊長がゼノンに酷似している。
単なる偶然とは考えにくい。
だが現在の情報だけでは結論は出せない。
そう判断しているのだろう。
リンは皆の顔を見渡した。
今まで、自分たちは何度も襲われてきた。
ヤマシロ王国で。
西方大陸で。
街道で。
森で。
追われ、襲われ、そのたびに逃げてきた。
だが今度は違う。
敵の拠点が分かった。
遺跡への入り口も分かっている。
扉を開ける暗証番号もある。
そして、その地下にはゼノンがいるかもしれない。
「行きましょう」
リンが言った。
「リン!」
ミリアの顔が上がる。
「でも今すぐは無理よ」
リンは続けた。
「敵の基地なら」
「黒い兵士五人だけが詰めているとは限らない」
「基地内の構造も警備装置も分からない」
「何も知らずに入っていけば今度こそ全員捕まるわ」
ミリアが何かを言いかける。
だが、言葉を飲み込んだ。
森での戦いでは黒い兵士たちに一方的に追い詰められた。
ハンスは谷へ落ちた。
ミリアとフロムは爆発に巻き込まれ、全員が離ればなれになった。
同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
「分かった」
ミリアが頷く。
その時。
クロウがリンに向かって話し始めた。
「識別名リン」
「敵基地侵入に向け偵察を行うことを提案する」
「遺跡周辺の監視および出入りする兵員、車両、物資、警備体制の確認」
「内部への侵入計画をその後に立案する」
リンがクロウに向き直る。
「具体的に誰がどうやってするの?」
「偵察は基本的にクロウが行う」
「他メンバーにはその支援を要望する」
リンはクロウを見つめる。
そして――。
「一人で大丈夫なの?」
「問題ない」
クロウが即答する。
「あの付近には野生のカラス――」
「クロウのベースとなった野鳥が多数生息する」
「群れに紛れれば発見される可能性は低い」
「監視による情報収集」
「問題は少ない」
「分かった」
「頼りになるわ」
リンが答える。
そしてクロウは少し首を傾けると――
「地上移動型と異なり高性能だ」
胸を張る。
ちらりとフロムを見る。
フロムの眼が赤く点滅した。
「発言訂正を求めるわ」
クロウは返事をしなかった。
「撃ち落とすわよ」
「低性能な地上移動型に撃墜できる可能性は低い」
「試してみる?!」
フロムが睨む。
「ちょっと!」
リンが慌てる。
「がははは!」
ハンスが腹を抱えて笑う。
「相変わらず仲がいいな、お前ら!」
「却下だ!」
「誤認よ!」
二体が同時に否定した。
「息ぴったりなのよね」
ミリアも感心したように言う。
「それも却下だ!」
「それも否定よ!」
また同時だった。
ヨウドが呆れたように首を横へ振った。
「どちらも制御モジュールの詳細な整備が必要である」
リンもとうとう堪えきれず、声を上げて笑った。
皆がいる。
いつもの声がする。
クロウとフロムが言い争い、ミリアが余計なことを言い、ハンスが笑っている。
ヨウドは分かったようなことを言いながら、燃料を補給している。
失ったと思った日常が、ようやく戻ってきた。
窓の外には、大都の夜が広がっている。
高い城壁の内側には数え切れないほどの明かりが灯っていた。
だがこの街やその周辺では密かに人や家畜が消えていた。
南西の平原には黒い兵士たちの基地がある。
そこにはゼノンもいるかもしれない。
そして今までは追われる側だったリンたち。
襲われ、逃げ、そのたびに仲間を失いかけた。
だが、今度は違う。
リンたちは初めて、自分たちから敵の懐へ踏み込もうとしていた。




