第97話 <ハンスの旅>
リンとミリアとの再会から数日前に戻る。
街道横の草原。
ようやく谷川から脱出したハンスとケイ。
だが、ケイは黒い兵士らとともに馬車に乗り消えていった。
草原に残ったのはハンス一人。
風が吹く。
夕暮れの匂いがした。
「行っちまったな」
誰に言うでもなく。
誰からも返事はない。
当たり前だった。
少し前まで隣には黒い軍服の女がいた。
敵だった。
何度も剣を向けられた。
今度会ったらまた向けられるだろう。
「次は倒す、か」
ハンスは苦笑した。
「やれるもんならな」
クレイモアを肩へ担ぐ。
そして街道へ向かって歩き始めた。
日が沈み始める。
街道には人影がちらほら見えていた。
隊商。
行商人。
旅人。
どれもハンスには関係ない。
今はリン達を探す方が先だ。
「エース商会だったか」
フロムの言葉を思い出す。
『もし会えなかったらエース商会で』
多分みんな大都へ向かっている。
そう信じるしかなかった。
歩く。
ただ歩く。
全身が痛い。
肩の傷もまだ疼く。
だが。
谷底に比べればどうということはない。
クレイモアを担ぎ街道を一人歩く。
その時だった。
後方から馬車がやって来た。
小さな荷馬車だった。
御者の男がハンスを見る。
「おやおや」
「兄ちゃん」
「ずいぶん派手にやられたな」
ハンスは笑った。
「魔物に襲われた」
「でも返り討ちにしてやったぜ」
男も笑う。
「そりゃ災難だったな」
しばらく並走する。
やがて男は言った。
「大都へ行くのか」
「ああ」
「なら気を付けろ」
男は小さな声になった。
「最近は変だ」
ハンスが顔を向ける。
「何がだ」
男は辺りを見回した。
「人が消える」
「旅人も」
「商人も」
「兵隊も」
「みんなだ」
「そして消えたら帰ってこない」
ハンスは何も言わなかった。
テンの街から大都に向かう途中。
あの隊商の男も同じことを言っていた。
男は続けた。
「最近じゃ夜に外に出る奴も減った」
「魔物より人間の方が怖いって噂だ」
そう言って馬車は速度を上げた。
やがて夕闇の中へ消えていく。
ハンスはしばらくその背中を見送った。
「ったく」
頭を掻く。
「なんか厄介なことばっかりだな」
やがて日が暮れる。
その夜は野宿だった。
久しぶりに一人。
焚火もない。
毛布もない。
谷底に流された時よりはマシか。
そう思うことにした。
朝になる。
ハンスは再び歩いていた。
足が重い。
全身が痛い。
谷底。
魔犬。
魔鳥。
そしてケイ。
思い出すだけで疲れる。
「ついてねぇな」
肩のクレイモアを担ぎ直した。
腹も減っていた。
だが止まるわけにはいかない。
リン達は先に進んでいる。
「大都に行きゃあ会えるんだよな」
追いつかなければならなかった。
夕方、街道沿いの街に辿り着く。
この辺りの中心都市のようだ。
大都までは馬車であと二日ほど。
公共の井戸があった。
ハンスは井戸へ向かう。
水を被る。
顔を洗う。
頭を洗う。
泥と血が流れていく。
「生き返る……」
そして。
適当な宿を見つけた。
幸いそんなに高くない。
部屋に大剣を置くと食堂に直行。
肉。
肉。
さらに肉。
山盛りの料理を平らげた。
宿の主人が呆れている。
ハンスは満足そうに腹を叩いた。
「不死身のハンス様。これで完全復活だ」
たっぷりと食事を取り久しぶりに良く眠った。




