死神の檻 2
迫撃砲を引っ張り込んだ味方の2両のT-34は、ヤルヴィ中隊につい最近配備された戦車だった。
なにぶんヤルヴィ中隊は中隊長の戦い方が戦い方なので、毎度戦うたびに損耗が激しく、なかなか追加のKVが届かないと言うこともある。
KV-2だって無いよりはマシだとばかりに、壊滅した他の中隊から数合わせで編成に組み込まれたものであり、この追加の2両のT-34も同じだった。
ところが、それが届くより早く敵の防衛戦を味方が突破。
ここぞ勝機とばかりにヤルヴィ中隊は戦果拡張のために出撃してしまい、要は置いてけぼりを食ったのだ。
大急ぎで中隊を追いかけて前進している途中、彼らは幸か不幸かスタックしたトラックに遭遇した。
それは、帝国側が補足していなかった車両で、ヤルヴィ中隊を支援する迫撃砲小隊のものであり、中隊はすでに敵の足止め部隊と思われるチーグル2両と交戦開始しているとのことだった。
トラックを引っ張り出そうかとも思ったが、この先の道は戦車戦で耕されているかもしれない。
ただでさえ出遅れていて急がなくてはならない彼らは、とりあえずタンクデサントで前進することに決め、迫撃砲の資材やら弾薬箱やらを片っ端から車内に押し込み、或いは車外に括り付けて前進を再開した。
もはや引っ越し中の荷車よろしく、無理矢理な山積みとぎゅうぎゅう詰めの合せ技状態となった2両のT-34は、時折荷崩れの恐怖と戦いながらもどうにか前進を継続。
道を間違えて遠回りルートである廃村の森正面から回る羽目にあったり、KV-2が酷いスタック状態になって大騒ぎしているのに遭遇したり―――何より撃破された味方のKV-1たちの横を戦々恐々としながら通り過ぎたりしつつ、ついに橋の村を3km先に捉えた。
味方のKV-1たちの姿は見当たらない。森の中にでもいるのだろうか?
とはいえ真新しい履帯の跡からして、間違いなく何処かには居るはずだということで、迫撃砲小隊は陣地を構えるにちょうどよい平地部を見つけて下車。
双眼鏡で村に敵が彷徨いているのは確認済みだ。
実質的に陣地攻撃の様相を呈する可能性が高い以上、部隊展開の為の事前制圧は必須。
故に迫撃砲小隊が何をするべきかは明確だった。
「同志軍曹、君のおかげだ!! これで我々も任務を果たせる」
「こちらこそ同志少尉!! 正直地図を読むのは苦手でしてな。おかげで辿り着けた」
車長と迫撃砲小隊長はがっちりと握手し、互いの健闘と無事を祈り―――そして新たな問題にぶち当たった。
T-34は2両とも無線機を積んでいなかったのだ。
迫撃砲小隊も元々はトラックに備え付けの無線機を使う予定であり、そのトラックがスタックして使い物にならなくなっていた以上はどうしようもない。
車両に乗せるような無線機というものは、すぐに載せ変えて使えるようなものではないのだ。
架台の規格が違えば固定はできない。電源ケーブルの規格が違えば電力は確保できない。
なんならそもそも差し込み口がなければ、載せた無線機は無駄に重いだけの只の箱だ。
だからわからないのだ。2両のT-34は何をするべきなのか。
中隊と連絡が取れない以上、指示は貰えない。
中隊主力が動き出すのを見てから合流すれば、戦車戦に加わることはできよう。
だが、それをしてしまうと迫撃砲小隊の足を担う車両が失われてしまう。
一見なんの問題も無さそうに見えて、これはとんでもない大問題だ。
例えば、敵の迫撃砲がこちらの迫撃砲の位置を捕捉して射撃してきた場合は当然逃げなくてはならない。
曳火射撃―――即ち頭上でショットガンの弾が炸裂するかの如く、鉄の破片が降り注ぐ砲弾に狙われる中をものともせずに迫撃砲を撃てる人間はいない。
強行する馬鹿が居たとしても当然すぐ死ぬ。
だが、いざ逃げるとなれば迫撃砲本体がそもそも重いわ、弾薬箱等の重量物が山程あるわで、担いで走って逃げろという奴が居るならやってみろという話である。
当たり前だが、たかだか数十m逃げたところで意味はない。
数百m範囲で逃げなければ―――万が一にも迫撃砲どころか砲兵隊が撃ってきたならそれこそかなりの距離を移動しなければならず、当然逃げた先でまた迫撃砲を設置して射撃しなければならないのだ。
「同志軍曹、気持ちはありがたいが行ってくれ!! こちらはこちらでなんとかする」
気を遣ったのだろう。まだ年若い迫撃砲小隊長が言うが、戦車長は冷静だった。
「いや、なんとかするってどうやって?」
「それは……くっ……」
歯噛みする迫撃砲小隊長。退避するための地下室めいた穴でも掘れば一時的に避難できよう。
しかし、そんなもの今からこの場の全員で掘り始めたとしても間に合うわけがない。
そして、ああでもないこうでもないとやっているうちに、ヤルヴィ中隊のKV-1たちが動き出した。
隠れていた林縁から姿を現し、稜線を使って敵の射線を切りながら前進を開始する。
村の方から戦車砲の発砲音、1両が被弾。
構わずそのまま前進し稜線に隠れ、そのまま村を目指さんとするのをみる限りは無傷だったようだ。
「始まったか!! 迫小隊、射撃開始だ!!」
小隊長が叫ぶ。
たちまち迫撃砲たちが連射を開始し、橋の村へと砲弾が山なり弾道を描きながら飛んでいく。
弾着のズレを観測員達が確認して修正射。村に砲弾の雨が振り始めた。
そこで戦車長が思い至った。
「……手旗信号だ」
迫撃砲小隊長が何か言うより早く、彼は戦車の砲塔の上に立ち、砲塔内から取り出した手旗を振り始める。
"T-34 2両 迫撃砲 護衛中"
味方の迫撃砲が撃ち始めたことで、中隊長や各車長がこちらに目をやる可能性はあるはずだ。
村の方には、更に後方から撃っているものと思われる砲兵隊の弾幕射撃も始まった。
―――誰か気づけ!! 気づいてくれ!!
一生懸命に旗を振る車長。
連邦軍戦車が無線機を積まなかったのは、少なくとも当初は"そんなもの手旗信号で連絡を取ればいい"と判断したからでもある。
砲手兼任の車長が、射撃と単車の指揮もやりつつ、弾丸やら砲弾やらがビュンビュン飛び交う中でハッチから身を乗り出したの手旗信号もやるだなんて、戦車は何人もの人が動かしている軍艦じゃないのだ。正気の沙汰ではない。
戦車兵としての教育を受けた時は、考案した奴は馬鹿なんじゃないか、頼むから一回そいつにやらせてみろと思ったものだが、まさかこんな形で役に立つ日が来ようとは。
「おい、装填手!! 双眼鏡で見るくらい手伝え!!」
軍曹が怒鳴る。
現在地から村までは82mm迫撃砲BM-37の最大有効射程の約3km。
味方戦車たちは村から1kmのあたり。
何かやってるのは目視できなくはないかもしれないが、流石に双眼鏡なしで手旗を読み取るのは厳しい。
慌ただしく装填手がハッチから身を乗り出し、車長が砲塔の上に置きっぱなしにしていた双眼鏡を手に取る。
そして軍曹の努力は報われた。
「……見えました!! "そのまま待機"!! そのまま待機です!!」
「よし、そう言うことだ同志小隊長。まだしばらくは一緒に仲良くすることになりそうだぞ」
一息つきながらにやりと笑う軍曹に、小隊長は苦笑いする。
自分の無謀な提案というか気遣いは結局いらなかったのだ。
「助かります。では―――」
小隊長として指揮をしなければ。
雪が振り始める中で、戦車に背を向けて歩き出したその背後に声が掛けられた。
「クジマだ」
「え?」
何を言われたのか一瞬分からずに振り向けば、戦車の上で旗をくるくると回して棒状にしつつ、軍曹が笑顔でもう一度言う。
「クジマだ。同志少尉は?」
ああ、なんだそんなことかと迫撃砲小隊長は笑みを浮かべる。
「ルキヤン」
頷いた戦車長クジマは手旗をしまうべく、戦車の上で背を向けた。
迫撃砲小隊長ルキヤンも笑みを浮かべ、一歩を踏み出したその時だった。
「……?」
耳に一瞬聞こえたのはエンジンらしき音。
しかもそれは、今まさに村へと向かう味方の方からでも、敵戦車が潜んでいる村の方からではない。
―――……え?
聞こえたのは、自分たちが走ってきた道の方から?
見かけたKV-2が復帰してきたのか?
そして、聞こえるはずのない独特の発砲音が聞こえ―――
次の瞬間、小隊長の背後で何かが爆発した。
「!?」
反射的に身を竦める。
何が起きた、だなんて本当は分かっていた。
ただ、認めたくなかった。つい先程知り合い、仲良くなったばかりの"彼"がどうなってるか、知りたくもなかったからだ。
振り向く。
その瞬間には、クジマ戦車長のものとは別のT-34から乗員が次々に飛び降り、直後に何かに貫かれて火花が散り、エンジンからブスブスと煙が上がり始めた。
そしてもう1両のT-34は―――クジマが乗っていた戦車からは砲塔がなくなり、炎を上げていた。失われた砲塔は、車体の直ぐ側に無残にも転がっていた。
そして、その炎の向こうには―――最悪の怪物が2両、森の切れ間から姿を現してこちらに向けて前進を始めていた。




