第6話
「これも素敵ね」
私は手にしていたベージュのネクタイをテーブルに戻し、新たに金の刺繍が散りばめられた赤いタイを手に取った。こちらの生地もやはり手触りが滑らかで、使い心地が良さそうだ。
それに華やかさもある。
「ええ、そちらは隣国産の── 」
商人の言葉の途中で、ジェーンがそのネクタイを私の手から奪うように取り上げた。
「私これにするわ!」
「え? それは──」
私が目を丸くすると、リンダも横から口を出す。
「ジェーン、私もとても素敵だと思うわ」
「あの……それはとても素敵ですが── 」
「アンジェリカ……はぁ……貴女はお姉さんでしょう? 妹に譲るのは当たり前じゃない」
私の言葉はリンダに尽く邪魔されて、最後まで聞いてもらうことは出来なかった。
そうなるとは思っていた。私が持っている物を全て欲しがるジェーンだもの。
商人は高価なネクタイが売れそうな気配を感じ、更にその商品をアビールする。
「裏にしっかりと刻印されておりますが、こちら隣国の有名な職人が手掛けた品でして── 」
ジェーンもリンダも既に商人の説明など聞いていない。
「ロバート様は喜んでくれるかしら?」
ジェーンは会ったこともないロバートを名前で呼んだ。
「こんなに豪華な品ですもの。きっと喜んで貰えるわ」
リンダはそれを咎めることもなく、ジェーンの頭を撫でた。
「これ、プレゼント用に包んでくださる?」
リンダはチラリと私を横目で見て、フッと笑った。きっと私が選んだ品物を横取り出来て喜んでいるのだろう。──まぁ、想定通りだ。
商人はいそいそとそれを綺麗に包み美しいリボンをかけた。
ジェーンはそれを嬉しそうに胸に抱き、リンダと共に応接室を出ていく。私はそれを黙って見送った。
商人はずっと黙っていた私の方へと頭を下げた。
「も、申し訳ございません。お嬢様に呼んでいただきましたのに……」
「いいえ。気にしていないわ」
リンダはここの女主人。私より優先されるのは当たり前だ。商人を責めるつもりはない。
私は再びテーブルにたくさん置かれたタイの中から、ある一つを手に取った。
「私はこれが素敵だと思うわ。これは国産のシルク?」
若草色のタイは控え目な刺繍ながら、十四歳を迎えるロバートにぴったりだと思えた。私はしっかりとこのネクタイを確認する。うん、これなら大丈夫。
「さすがお嬢様お目が高い。こちらは国内の最高級のシルクで出来ておりまして、手掛けた職人も最近人気の出てきた── 」
「これにするわ」
私はニコリと微笑んだ。
それからも私はジェーンやジェームズとなるべく接触しないように過ごす。
彼らが庭へ出れば部屋で大人しく本を読み、彼女達が外出すれば、庭をゆったりと散歩した。
ただ食事時だけは避けられない。
「ルイス、ジェーンの侍女をまた新しく雇ってちょうだい」
リンダが父へ切り出した。
彼らがこの屋敷へきて約二週間。ジェーンの侍女は最初三人も居たはずなのだが、既に最後の一人となっていた。その侍女も辞めると言い出したのだろう。
三人共にジェーンの為に新しく雇ったというのに……可哀想なことだ。
若い侍女達はジェーンに振り回されてばかりだった。
「またか」
父も少し呆れ気味だ。
「だって……」
ジェーンが膨れっ面になる。そしてふと私と目が合った。── 不味い。
「お父様! 私、マチルダがいい!」
あぁ……やっぱりだ。そろそろだとは思っていたが。
マチルダ……一度目の人生では守れなかった。
泣く泣くジェーンに譲ったのに、いつの間にか解雇されていた。
理由を父に尋ねると『ジェーンのアクセサリーを盗んだからだ』と。マチルダに限ってそんなこと、あるわけがないのに。マチルダの実家に急いで手紙を送ったが、返事はなく……きっと私を恨んでいるのだろうと諦めてしまった。
次は、この人生では絶対に諦めない。
「アンジェリカ、ジェーンの話を聞いただろう。明日からマチルダをジェーンの侍女にする」
父の言葉に私は顔を上げた。
「分かりました」
素直な私にジェーンは意地悪そうに笑った。
「ありがとう、お姉様!」
「ええ。マチルダにしっかりと伯爵令嬢としての振る舞いを学ぶと良いと思うわ。私もマチルダに厳しく指導して貰ったお陰で今があるもの」
私がにっこりと笑えば、ジェーンの顔が引きつった。
「そうだな。学園に通うまでまだ約四年半ある。今のうちに基本的なことを習うといい。マチルダには家庭教師の経験もあるから」
父も頷いた。
そう── マチルダは元々私の家庭教師だった。その内マチルダの旦那様が亡くなって、未亡人になったマチルダは色々あって婚家を追い出されてしまった。実家にも戻れなかったマチルダは私の家庭教師兼侍女としてうちで住み込みで働くことになったという経緯がある。
一度目の人生でマチルダが解雇された後、足取りが摑めず実家へと手紙を送ったが、今思うと実家には頼れなかっただろうな── と思う。まだ子どもだった私は浅はかだった。
「え……っ」
ジェーンはそう言ったまま黙り込んだ。ジェームズが能天気に賛同する。
「へぇ~いいじゃん。今までの侍女は皆優しかったし、たまには」
ジェームズの言葉にジェーンの顔が曇る。
「お、お父様。やっぱり私、新しく侍女を雇って貰いたいかな。ほ、ほらマチルダを譲って貰うとお姉様に悪いし」
「あら? ならばいっそ家庭教師も雇っていただいたら?」
私の言葉にジェーンはますます顔を引きつらせた。
「そうだな。そろそろ二人にも家庭教師を考えなければな」
「えぇっ!勉強なんてめんどくさいよ」
ジェームズが口を尖らせた。
「ルイス。二人にはまだ家庭教師は早いわよ。それに女はね、賢すぎるのも考えものですから」
リンダがフフフと笑う。母のことを揶揄しているのだろう。母は賢い人だった。本当は結婚などせずに王宮で女官になりたかったのだと聞いたことがある。
父と母は── 最初から噛み合わない歯車のようだった。だからリンダのような女性を父は求めたのかもしれない。……不貞は許されるべきではないが。
「ん? そうか? まぁ、二人のことはリンダに任せるよ。ではジェーンの侍女については直ぐに手配する」
話はそれで終わり── そういうように父はまた食事を再開した。
なんとかマチルダをジェーンの侍女にされることは回避出来たようだ。内心上手くいったとホッとする。
反発すればジェーンはますます意固地になる。それは既に一度目の人生で学習済みだ。




