第5話
この婚約も実は父と母の間で一悶着あった。
当時私は、このフロスト家の一人娘。母は当然婿を迎えてその人物にこのフロスト家を継いでもらうことが最善だと考えていた。
我が国で爵位を継げるのは男性のみ。だから父も同じように考えるのが当たり前だと母は思っていたのだが、父の考えは違った。
父は私をフロスト家にメリットのある家に嫁がせ、改めて他から養子を迎えてその息子にフロスト家を継がせたいと、そう主張した。
父と母は揉めた。結局は母が折れることでこの話は収まったが、父の主張は今思うと、ジェームズの存在があったからだと考えられる。母が亡くなる亡くならないに関わらず、父はジェームズを養子に迎えるつもりだったのではないか。
── 今となっては真相は分からないが。
「そう言えば来月はロバートのお誕生日ね」
一応、今のところ私とロバートとの仲は悪くない。婚約者としてお互い礼を尽くしているし、小さな言い合いすら私達の間には起こっていない。
今後……一度目の人生の通りにことが運ぶのだとしたら、ロバートはジェーンの婚約者に成り替わる。もちろんジェーンがそれを望むからだ。
今思うとジェーンはとにかく私に対抗意識を燃やしていたのだと思う。ずっと愛人の子どもとして日陰の身であったからだろうか? いや……単なるあの娘の気質とも言えるが。
私はいずれ他人になる婚約者のことを思った。今はまだ私の婚約者だ。お誕生日にはきちんと贈り物をしなければ。
「そうですね。今年は何をプレゼントいたしますか?」
「そうね……。確かこの前ロバートが新しいタイが欲しいと言っていた気がするの」
「では、商人を呼びましょう」
マチルダの提案に私は笑顔で頷いた。
── 数日後。
商人の広げたタイを見ながら、私は首を捻っていた。
「焦げ茶色の髪に合うネクタイって……」
「ならばこちらのベージュなどはいかがでしょうか」
商人はニコニコとしながら、並べたタイの中からベージュのそれを持ち上げて私へと差し出す。
ロバートは来月で十四歳。来年には社交界へのデビューが待っている。もう少し華やかなものでも良い気がするが……。
私の手に握られたタイの肌触りを確認する。確かに質は良さそうだが、少し地味にも感じる。
「男性の物を選ぶのって難しいわ」
「こうしてお嬢様が選んでいる時間さえもプレゼントですよ。ロバート様のことを考えている時間なのですから、きっとどのような品でもお喜びになります」
── 想い合っている相手ならね。と私は心の中で付け加えた。
一度目の人生、あっさりとジェーンに乗り換えたロバートの顔を思い出す。
政略結婚ではあったが、上手くやっていると思っていたのに……まぁ、今さらだが。
そんなことを漠然と考えている時だった。
── バンッ!
「何をしてるの?」
ノックもなしに大きく開かれた扉が音を立てた。と、同時に部屋へヅカヅカと入ってきたのはジェーンだ。
あの顔合わせから三日。今のところ食事時以外ジェーンを避けて生活をしていた私は思わず顔を顰めてしまった。
私の答えも待たずにジェーンは応接室へ入り込むと、テーブルいっぱいに並べられたネクタイに目をやった。
「ネクタイ?」
「ええ。贈り物を選んでいるのよ」
私は最小限の言葉で答えた。
いずれロバートがジェーンを選ぶとしても、私は自分なりの礼を尽くすつもりだ。婚約者でなくなるその日まで。
ロバートに特別な感情があったわけではないが、少なくとも私は婚約者としての彼に満足していた。
ゴールド伯爵家は歴史も古く、同じ伯爵家でもうちよりも格が上だ。でもロバートは私を見下すような真似はしなかった。もちろん私も自分の立場をちゃんと弁えていたからだが。
「誰の?」
ジェーンを無視するわけにもいかない。
「ゴールド伯爵令息様のお誕生日が来月なので」
「ゴールド伯爵?それって誰のこと?」
ジェーンはあまり他の貴族を知らない。彼が私の婚約者であることも知らないようだ。
「ゴールド伯爵は── 」
私の言葉を遮る声が聞こえた。
「ジェーン。ゴールド伯爵令息様はアンジェリカの婚約者よ」
そう言いながら入ってきたのは継母のリンダだ。
「お母様!」
ジェーンが嬉しそうにリンダに駆け寄る。いつからこの家は入室の許可なく皆が出入りできる屋敷になったのだろう。
「アンジェリカ、ロバート様は来月お誕生日なの?」
「はい。来月のお誕生日パーティーに招待されているので」
隠しても仕方ない。私は素直に答えた。
「ならばジェーンとジェームズも連れて行ってちょうだい。招待状を二人分追加するぐらい、造作もないことでしょう? これから親族になるんですもの、今から良い関係を築くことは大切ですからね」
やはり……これは一度目の人生と同じ結果になってしまった。
この誕生日パーティーを境に、ジェーンとロバートの仲が急速に近づいていく。そして数カ月後には私との婚約は白紙に戻り、ジェーンとロバートが婚約を結び直すのだ。
理由は簡単。ジェーンがロバートを気に入り、ロバートもまたジェーンを気に入るからだ。
ジェーンは確かに華やかな見た目をしている。今はまだ十歳の少女だが、それは既に将来美しい女性へと成長することが確約されているかのようだ。
対して私は、髪の色はこの国に珍しいシルバーブロンドで目を引くが、顔はやや冷たい印象を与える。この薄水色の瞳が少し吊り上がっているせいだろう。
「嬉しい!お誕生日パーティーなんて初めてだわ!」
ジェーンは手を叩いて喜んだ。
私は少し微笑んで頷く。
「分かりました。ロバート様にそのようにお伝えします」
私にはそう答える他なかった。
ロバートと結婚すれば私が王宮で侍女として働く未来は訪れないのではないか── そんな考えが頭を過ったが、仕方ない。人生二度目だからと全てが思い通り……とはならないのだろう。
そういえば……一度目の人生、ジェーンと私は同じくタイをロバートにプレゼントしたことを思い出した。
子どもの頃の記憶で曖昧だが、あの時ロバートはジェーンの選んだネクタイを痛く喜んだんだった。……さて。二度目の人生、同じようには進みたくないが……。




