第4話
「アンジェリカ、挨拶しなさい。こちらがこれからお前の新しい母親になる、リンダだ。それとこの二人がお前の妹と弟になるジェーンとジェームズだ。仲良くするように」
死に戻りなんて、未だ半信半疑だった。
しかし、やはり今日の客がこの三人だと分かって、私は自分の予想が正しかったのだとますます確信を深めた。
「はじめまして、アンジェリカ。これからは私が貴女の母親です。よろしくね── でも……なぁに? その髪の毛。まるで平民のように短く切りそろえて……みっともない」
綺麗な赤髪に金色の瞳。その瞳をリンダはスッと細めた。真っ赤な紅を差した口元には官能的なホクロが一つ。それを大袈裟な仕草でそっと扇を広げて隠した。
そしてその横に並ぶ双子の兄妹。その二人にもリンダの特徴は色濃く継がれていた。私を見て揃ってニヤニヤしている。
── 父に似ていない。
だから、私は単なるリンダの連れ子なのだと、最初はそう理解していた。しかし、この二人が父の長い不貞の証だと知ったのは、この顔合わせからずいぶんと経ってからだ。
父が母をずっと裏切っていた。
それを知った時、私は酷く傷ついたものだ。
父と母の関係があまり思わしくないことは子ども心にも分かってはいたが、目の前にこうして証拠として突きつけられあの時は、正直辛かった。
── だが、今は──。
目の前の三人を見ても私の心が音を立てることはない。
政略結婚に何を望むというのか。母はこんな父に嫁がされて不幸だった……だが、貴族の結婚など、政略結婚が大半。そこに愛など存在しない。
── 馬鹿馬鹿しい。愛だの恋だの……。そんなもの命の重さに比べればなんてことはない。アッシャー殿下に裏切られた私の心は冷え切っていたのだと思う。
「はじめまして、アンジェリカです」
私は美しいカーテシーで挨拶をした。もちろん笑顔で。
昔── 死に戻る前の私は『新しい母』という言葉に動揺して、上手く挨拶出来なかった。……そしてそれを父に叱責されたことを思い出す。
「お母様、この人が今日から私のお姉さんになるの?」
ジェーンがリンダを見上げそう尋ねた。
「ええ。あなた達より半年程お姉さんよ」
ジェーンとジェームズは頭のてっぺんから爪先まで私を値踏みするように視線を走らせた。
「へぇ~。変な髪形に辛気臭いドレスね。仲良くなれそうにないわ」
「俺も~」
ジェーンは顎を上げ、私を見下すようにそう言った。頭が空っぽのジェームズはそれに同調しニヤニヤしている。
ドレスはジェーンのお気に召さなかったようだ。内心ホッとすると同時に私は静かに微笑んだ。
昔の私なら……涙目になっていたかもしれない。彼女の言葉に── ではなく、何も庇い立てしてくれない父に対して。
悪口に対して無反応な私が面白く無かったのか、ジェーンはムッとした表情で父に言った。
「ねぇ、お父様。私のお部屋はどこ? 早く連れて行って!」
「あぁ、お前達の部屋と……リンダ、君の部屋も案内しよう」
こうして、私達の初顔合わせはほんの数分で終了した。
私が部屋へ急いで戻ると、怒りで顔を赤くしたマチルダがそこに居た。
「奥様の喪が明けて間もないというのに……っ!」
マチルダの拳が震えている。執事から来訪者の正体を聞いたみたいだ。
私はそんな彼女に近づいて、その手をそっと包み込むように握った。
「お父様に何を言っても無駄よ。それより……お願いしていたものは?」
私にそう言われ、マチルダはクローゼットへ向かう。
そこには宝石箱が入っていた。── 母の形見。マチルダに母の部屋へと取りに行かせていたものだ。
「こちらです」
「ありがとう。これをリンダに渡すわけにはいかないもの。── どこに隠したらいいかしら」
生前母の部屋だった場所は今日からリンダのものになる。これも昔は全てリンダのものになってしまった。私が後悔したことの一つだ。
「マチルダ。バールを持ってきてくれない?出来れば早く」
私の頼みにマチルダは素早く動いた。
私はこれから起こることがある程度分かる。ならば先回りするしかない。
マチルダの居なくなった部屋に、突然大きなノックの音が響く。
── コン、コン、コン!!
「はい」
私はクローゼットに母の宝石箱を隠すと、急いで扉を開けた。相手は誰か分かっている。
「ねぇ、あなたのお部屋見せてくれない?」
私の許可など必要ないのか、彼女はズカズカと部屋へ入り込んだ。
ジェーン……死に戻り前はこの部屋の方が日当たりが良い(別に自分の部屋と変わらないくせに)からこの部屋を譲れと言われ、結局私はジェームズの隣の部屋へと移された。自分の部屋に愛着のあった私はその日ずいぶんと泣いた記憶がある。
「へぇ~!この部屋の方が日当たりが良いみたい!」
部屋の中を物色するようにキョロキョロするジェーンに不快感を覚えるが、私はぐっとそれを堪えた。
「そうですか? 窓は同じ方角に向いてますし……あまり変わらないと思うのですが……」
私が反論したことが気に入らないのか、ジェーンが私を睨む。
「私の部屋の窓の外に大きな木があって、影になるのよ! 決めた! ここを私の部屋にするわ!」
決めたって……。私の意見など、彼女はいつも無視だ。
「そうですか……。なら、部屋を代わっても構いませんよ? しかし、一つだけお話しておかなければならないことが── 」
私はそこで声を抑えてジェーンの耳元に口を寄せた。
「この部屋……出るんですよ」
私の言葉に弾かれたようにジェーンは私から距離を取ると、目を見開いた。
「で、出るって何がよ!」
「もちろん……オバケです。あちらの寝室にあるクローゼット。その隙間から白い手が──」
「キャーッ! や、止めてよ! い、嫌だわ、こんな部屋!」
ジェーンは青い顔して飛び出して行った。
すれ違ったマチルダが目を丸くする。
「何があったのです?」
「なんでもないわ。小さな蜘蛛が出ただけよ。彼女、大袈裟ね。ところで、持ってきてくれた?」
マチルダは私の話に些か納得いかないという表情を浮かべたが、私にバールを手渡しながら言った。
「何に使うおつもりですか?」
「ちょっと床板を剥がすの」
私が微笑みながら物騒なことを言うものだから、マチルダは目を白黒させた。
「へ? は? 床板?」
「ええ。クローゼットの中の床板をね。それでお母様の宝石箱を隠すわ。形見よ? 新しい継母に譲るわけにはいかないもの」
とはいえ十歳の私には床板を剥がす作業は難しく、結局マチルダがそれを代わってくれた。
「ふぅ……。これで完了です」
「ありがとう。この家を出ていく時にお母様の想い出と一緒に持っていくわ」
私の言葉にマチルダは微笑んだ。
「お嬢様がこの家を出ていかれるのは、ロバート様とのご結婚の時ですね」
私はマチルダのその言葉に曖昧に微笑んだ。ロバート·ゴールド。ゴールド伯爵の嫡男で私の婚約者だ── 今のところ。




