第10話
その夜、私は父(と一緒に居たリンダ)と対峙していた。
「近衛騎士……だと?」
父の表情には明らかな困惑が見て取れる。きっと私が近衛騎士になれる程の実力があるとは思っていなかったのだろう。……いつだってそうだ、彼は私に興味はない。
一方のリンダは激しく動揺していた。
「こ、近衛なんてダメよ! そんな危険な── 」
彼女のこの発言が私を心配してのものでないことぐらい百も承知だ。困るのだろう──私が近衛などになり、子爵に嫁がせることが出来なくなることが。
「危険って……。それならば、私が騎士科へ入学する前に反対なされば良かったのではありませんか? 今さらです」
リンダはグッと言葉に詰まる。あの時はうちの経済状況がここまで酷くなるとは思っていなかったのだろう。私を誰かの生贄にしなければならないほどの。
父は相変わらず複雑そうな表情だ。見栄っ張りの父にとって、王宮で娘が働くことは自尊心を満たすのに丁度良いはず。── 一度目の人生で私が王宮侍女に合格した時と同じで。
「──分かった。頑張りなさい」
父は大きく息を吐いて一言言った。私を子爵に嫁がせたいリンダの圧と身内から近衛騎士を輩出できる虚栄心との狭間で揺れ動いていた天秤は虚栄心の方に軍配が上がったようだ。
しかし……『頑張れ』などと初めて言われた。今さら父親ぶられた所でなんの有り難みもないのだが。
「あなたっ!」
焦るリンダを父がギロリと一睨みする。
「王太子殿下が直々に我が家まで来てくださったんだ。断るなど出来るはずがないだろう?」
リンダは唇を噛み締めた。肩がワナワナと震え顔色は悪い。── どうしても私を子爵に嫁がせたかったようだが、それにしても様子がおかしい。いくら私が憎らしいからとはいえ、そこまでショックを受けることだろうか?
「でも……」
まだ言い募ろうとするリンダに父がイライラした様に机を叩いた。
── バンッ!
その音にリンダの肩がピクリと上がる。
「もうこの話は終わりだ!」
父の一喝に、リンダは首を竦めた。
「お父様、私は近衛騎士専用の寄宿舎へ入寮したいと思っております。ここから通うことも可能ですが、夜勤のことを考えるとその方が都合が良いので」
元々卒業したら住み込みで働ける護衛を探し、この家を出る予定だった。就職場所が変わっただけで、その予定を崩すつもりはない。そう言えば……面接に行く予定だった侯爵様の屋敷に断りを入れた時は既に王宮からその旨の伝達があったと聞いて驚いた。殿下が用意周到過ぎて、少し怖い。
「そうか。ならばそのようにするといい」
これはアッサリと許可が下りた。しかし── 。
「ちょ、ちょっと待って。そんな寄宿舎なんて……男ばかりの所に入るなんて心配だわ」
リンダの言葉に私は目を丸くした。心配? 誰が誰を? 私のことなんて気にしたこともないくせに。
「大丈夫です。部屋数は少ないですが、女性用の宿舎が用意されているので」
「でも……。あ! せめて卒業まではここに居るのよね? ほら、王宮へ行ってしまうと中々会えなくなるって聞くし」
私はますます困惑した。私が視界に入らなくなれば、リンダは清々するだろうと思っていたのに。
何かがおかしい。私はリンダの違和感に言葉には出来ない不安を覚えた。
「一応……そのつもりですが」
私の答えにリンダはホッとしたような表情を浮かべる。不安は募るばかりだった。
私は話を終え、父の部屋を後にすると、何故か廊下でレイドに出会った。彼が父の部屋の辺りをうろついているのなんて、珍しい。
レイドは私の姿に小さく頭を下げる。私も「ご苦労さま」と声をかけ、彼のそばを通り過ぎようとした── その時。
「卒業を待たずに王宮へ行かれてください」
すれ違いざまにレイドが私に小声で囁いた。
「何っ……?」
私はすれ違ったレイドに振り返ると、彼は指を唇に当て『静かに』と私にジェスチャーをしてみせる。そのままレイドはサッと前を向くと、何事もなかったかのように去っていった。
……あれは、何だったのだろう。私は遠ざかるレイドの背を、ただ見つめていた。
翌日、学園へ行った私は改めてアダムに入団について報告した。
「本当か!? お前と働けて嬉しいよ」
私の両手を大きなグローブのような手で包み込むと、ブンブンと嬉しそうに上下に振る。
「ちょ、ちょっと! 痛いわよ!」
苦笑いしながら私が言っても、アダムは手を離さずニコニコとしたままだ。こんなふうに喜んで貰えるなんて、嬉しい反面少しくすぐったい気持ちになる。
「これからは仲間だ。頑張ろうな」
「今までも仲間でしょう?」
私が首を傾げると、アダムは嬉しそうに微笑んだ。
「俺はお前の才能を認めてるんだ。だから……ずっと勿体ないって思ってた。入団を決意したことは、絶対アンジェリカの為になると思う」
力強くそう言ったアダムに少しだけ後ろめたい気持ちになる。私が近衛騎士になることを決めた理由が後ろ向きであったこと、そして私が近衛騎士を嫌がる理由もまた、とても後ろ向きな理由だからだ。
キラキラして希望に満ちた瞳のアダムに、何故かとても申し訳ない気持ちになった。
「── いつまで手を握り合ってんだよ」
ジェームズが私とアダムの間に割って入る。
「相変わらずジェームズは重度のシスコンだな」
私とアダムの手はジェームズによって離された。
「フフッ。きっと私もブラコンだわ。……ジェームズと離れるのは寂しいもの」
私の言葉にジェームズはサッと頬を赤らめたが、すぐに唇を噛み締めた。
「寄宿舎に……入るって?」
「うん……」
ジェームズにはきちんとそこの部分を話していなかった。……いずれあの家を出る。それはずっと前から決めていたことなのに……ジェームズには何故か言えなかった。
ジェームズは小さく頷く。
「うん! まぁ、その方が良いと思うよ俺も」
ジェームズが笑顔を見せるが……少しぎこちないように思えた。
「アンジェリカは寄宿舎に入るのか」
アダムが口を挟む。
「ええ。アダムは?」
アダムはミルナ様との結婚が決まっている。寄宿舎は基本単身者用のはずだ。
「とりあえず結婚までは寄宿舎に入るよ。って言っても半年程の予定だけどな。でも── 」
「早く結婚したい。でしょう? 言わなくても分かってるわよ」
私の言葉にアダムは白い歯を見せて笑った。私もつられて笑う。しかし、その輪の中でジェームズだけが微妙な表情を浮かべていた。
「で、アンジェリカはどうする? 卒業してから寄宿舎に?」
アダムが私に尋ねる。
「え……っと。ねぇ、卒業しなくても王宮へ……その、行くことが出来るの? 私、そこら辺にあまり詳しくなくて── 」
私は昨日のレイドの言葉がずっと頭の片隅に引っかかっていた。
私の言葉にジェームズが弾かれたように私の顔を見る。
「お前……卒業を待たずに近衛になるつもりか?」
ジェームズの顔が少し強張っていて、私は何となくその問いにはっきりと答えることが出来なかった。




