第8話
「近衛って、どういうこと?」
「実は……今日、スカウトが来たの。アダムと一緒に呼ばれて── 」
「でもお前、近衛になる気はないって── 」
ジェームズは少し困惑したようにそう口にした。
「……そのつもりだったけど。でも近衛になるって決まれば無理矢理嫁がせるようなことはしないでしょう?」
「まぁ……王族に歯向かうことはしないだろうな、いくらなんでも」
ジェームズはまだ難しい顔で顎に手を置き小さく頷いている。
「でしょう? それで一応私の縁談については片付くわ。あとは、ジェームズ貴方ね。だから── 」
「俺は別にどうでもいいって」
呆れたようなジェームズの口調に私は口を尖らせた。
「近衛の給料を仕送りするわ。それを借金返済の足しにして? 時間はかかるかもしれないけど、何もしないよりは── 」
「なら、俺の縁談を早く進めて── 」
「それはダメ!」
私はジェームズの言葉を遮った。
「言ったでしょう? 私はジェームズに幸せになって欲しい。借金については分割払いをお願いしましょう。ただ……条件があるの」
私はジェームズの手を握ると、彼の瞳をしっかりと見つめた。
「父やこの家を助けるのは御免よ。私の給料は……ジェームズ、貴方に渡す。それを元手に貴方が何か事業を始めてもいいし、そのまま借金返済に回してもいい。その代わり絶対にそれを父に渡さないで」
ジェームズの為なら、近衛の給料を全て渡したって構わない。でも、父やリンダを喜ばせるのは嫌だ。育てて貰った恩はあるが、どうしても直接彼等を助けたくはないのだ。
「でも……結局一緒じゃないか? 借金はこのフロスト家の借金だし── 」
ジェームズは困惑していた。私はさらにギュッと手を強く握りしめた。
「ジェームズ。貴方がこの家を継いで伯爵になるの」
ますますジェームズは困ったような顔をした。
「どうやって? 父さんはまだ元気だし、俺はまだ領主になるには経験不足だよ」
私はジェームズがコツコツと領地経営の勉強を続けていたことを知っている。確かにまだ若すぎると言われればそれまでだが。
「分かってる。もちろん今すぐ……ってわけにはいかないと思うけど、私に少し考えがあるの。時間をちょうだい」
私はそう口にしながら、頭の中にある人物を思い浮かべていた。
── ロバート·ゴールド。
彼は……私の記憶の中でもうすぐ……ゴールド伯爵になる男だ。
決して人の死を願っているわけじゃない。でも……ロバートのお父様──現ゴールド伯爵の命があと僅かであることを知っているのは……私だけだ。
「珍しいね。君から訪ねてくるなんて」
ロバートの入室に私は立ち上がって応える。
「忙しいのにごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあって」
私がニコリと微笑むと、ロバートは何故かホッとしたような表情を浮かべた。
あの嵐の夜から一夜明け、私は学園を休んでここゴールド伯爵邸に来ていた。
ここに来るのは何年ぶりだろう。婚約を解消してからだから……もう約八年程になる。
あの夜に耳にした話は、苦手な雷を忘れさせる程に衝撃だった。
一度目の人生のように、流されるまま生きたくない。それが今の私の原動力の一つかもしれないと思う。周りが変わらないのなら、自分が変わるしかない……ロバートとそう話したことは今でも自分の心に残っていた。
「……怒っているのかと思ってた」
ロバートの言葉に私は目を丸くした。
向かい側に腰掛けるロバートは自分の膝に両肘を乗せ、何処となく落ち着かない様子で両手をしっかりと握り合わせていた。
「どうして?」
「……聞いてない? いや……伯爵は自分から言わないか。僕もジェームズにすらまだ言っていないしね」
ロバートは納得したように小さく頷くが、私には全く意味が分からなかった。
ロバートは少しリラックスしたように、背もたれに身体を預けると、私の顔を見た。
ますます精悍な顔立ちになったと思う。一度目の人生、ロバートがジェーンと婚約解消してからというもの、彼に会うことが全く無かった私は、彼のことを人の口々に上る噂話でしか聞いたことがなかった。
『ゴールド伯爵家の今後が不安だな、あの息子では今までみたいな立場は維持できないかもしれない』
一度目の人生でのロバートの評判はあまりよろしく無かった。悪い── というわけではないが、決して良くもない。ダヴェンポート公爵の傀儡── それが一度目の人生でのロバートの評価だった。
じゃあ……今のロバートは?
「どういうこと?」
「今の事業からフロスト伯爵には手を引いてもらうことになったんだ。ジェームズには申し訳ないと思っているけど、彼も理解してくれると思う……ただ、言いにくいことは確かだけど」
ロバートは苦笑いだ。しかしそこには甘ったれと揶揄されていた一度目のロバートは居ない。
しかし……この大きな事業から父が排除されるなんて……一度目の人生では無かったことだ。
だが……これは私にとってチャンスだ。今からやろうとしていることに良い風が吹いている── 私はそう考えていた。
「そう……だったの。確かにジェームズには厳しい決断ね。でもそれはジェームズの責任ではなく、父の責任── そうでしょう?」
探るような私の視線に、ロバートは片方の眉をピクッと上げた。
「アンジェリカ……何が言いたい?」
「私……父がフロスト家を潰すのではないかと心配なの。借金も抱えているみたいだし」
私はそこまで話すと、用意されたお茶を一口飲んだ。緊張しているのか、喉がカラカラになる。
ロバートは身体を背もたれに預けたまま、腕を組んだ。
「借金のことまで知ってるんだ……ジェームズに聞いた?」
「ジェームズも父には『ちょっと借金があって──』としか聞いていないって。ロバートがジェームズに伝えてくれたんでしょう? うちの実情を」
私とロバートの視線がぶつかる。きっと私達二人は同じ気持ちのはずだ。
ロバートとジェームズ。一度目の人生でも二人は仲良しだったが、今の二人の関係は一度目のそれとは違う。そう私ははっきりと感じていた。
無言の時間が続く。先に口を開いたのは私の方だった。
「父との関係を切ったのは英断だと思うわ。父に商才はない。小さな領地だけど堅実に領地経営していたら、こんなことにはならなかったでしょうね。でも……父はプライドだけは一人前だから」
「フロスト伯爵を切ったのが、僕だと分かっているんだね」
「ええ。ゴールド伯爵はダヴェンポート公爵との関係性にだけ今は重きを置いている。── でしょう? 損切りをするなら貴方の考えだと思ったの。……でも、チャンスは与えてくれるでしょう?」
「── それを言いに来たんだね。だけど僕にそこまでの力はないよ」
確かにジェームズをフロスト伯爵に据える力はロバートにはまだ無い。
「でも……ダヴェンポート公爵なら口を出す権利があるんじゃない? 借金の回収はダヴェンポート公爵にだって必要でしょう?」
ジェームズに聞いた話。うちの借金……その借り先がダヴェンポート公爵だということを。
「ジェームズは君にはとてもお喋りだね」
ロバートはまたそう言って苦笑した。




