第7話
「どうしてそんな事に……?」
確かに経済的に厳しいことは知っていたが、腐っても伯爵家。狭くても領地を持ち、ゴールド伯爵家との事業もあったはずなのに……。
「父さんが焦って手っ取り早く利益を得ようとして失敗したらしい。ゴールド伯爵家との事業から外されたんだと……ってこれはロバートに聞いた話。父さんは見栄っ張りだからな。ちょっとした失敗で借金が出来てしまったって俺に言ってたけど、内情はかなりヤバい。実は……お前には内緒にしていたけど、俺に縁談の話があってさ。それを早く進めたいって……今日言われた」
「え? ジェームズの縁談? ……私の……じゃなくて?」
さっき耳にした話は私と子爵の縁談だったはず。何故……ジェームズ? いや、確かにジェームズにだって、そろそろ婚約者が決まってもおかしくない。何なら遅いぐらいだ。だけど── 。
「何でお前? 父さんは俺の婚約者の持参金目当てなんだぞ? いや、まぁそれより。俺の縁談については母さんが反対してる」
「それは何故?」
「相手が男爵令嬢なんだ。母さんは伯爵位以上じゃなきゃってさ。折角結構持参金積んでくれるって話なんだけどな。母さんは俺やジェーンには相手の条件が厳しくて」
そう言ったジェームズは両手を頭の後ろで組むと、うーんと身体を反らした。
私は先程の立ち聞きした会話を思い出していた。だからリンダのあの『だから言ったじゃない! アンジェリカを嫁がせればいいのよ!』の発言に繋がるのか。
きっと父はジェームズを早く結婚させればいいと切り出したが、リンダがそれに反対── だから私と子爵を結婚させれば丸く収まるって話になるのかと合点がいった。
「……ジェームズは? ジェームズはその縁談をどう思っているの?」
持参金の為の結婚……。理由は私と子爵の縁談とほぼ同じ。ジェームズはそれで良いのだろうか?
するとジェームズは姿勢を正して、ジッと私の顔を見つめた。
二人の間に無言の時間が流れる。……そんなに見つめられると何となく気まずい。
「……俺か? ……俺は── 」
やっと口を開いたかと思えば、ジェームズはまた黙り込んだ。何か言いにくいことがあるのだろうか?
「嫌……なの? その縁談」
「……誰でもいいよ。別に。結婚自体興味ない」
確かにジェームズは子どもの頃から婚約者を決めるという話になったら、極端に避けていた印象がある。今は私が彼等と共に過ごすことがなくなったせいで、その辺りの事情を把握していなかったのだが。
「……私と一緒だ。私も興味ない」
興味はないのに、私達は家の借金のせいで結婚させられるかもしれない。貴族とは不自由な生き物だと思う。
「……お前は騎士になるんだろ? なら結婚は無理かもな」
そう言ったジェームズの顔はさっきより少し柔らかくなっていた。
「う……ん」
歯切れの悪い私の返事にジェームズが訝しげに私を見つめた。
「なんだ? 何かあるのか? ……お前、そう言えばさっき変なこと言っていたよな? お前の縁談がどうとか……」
ジェームズは子爵との縁談を本当に知らないようだ。私はそれにホッとしていた。ジェームズが……生贄のような縁談を知らないでいてくれたことに。
でも……ここで、私がそれをジェームズに言えば、彼はその男爵令嬢との縁談を強引に進めるかもしれない。不本意な婚姻……それは私もジェームズも同じだ。ジェームズには……幸せになってほしい。
答えに迷っていると、ジェームズが私の肩をガッと掴んだ。
「一人で抱え込むな、言えよ。……もしかしてお前にも縁談が?」
ジェームズは何故か焦ったようにそう私に詰め寄った。
「ただ、立ち聞きしただけなんだけど── 」
私は先程聞いた話を簡単にジェームズに話して聞かせた。── 子爵の細かな噂については敢えてここで話すことは避けたのだが……。
「ランカスター子爵!? あの? 女癖が悪い上に飽きたら簡単に捨てる? ……それに亡くなった奥さんの中には死因がはっきりしない人も何人かいるっていう……あの?」
ジェームズもランカスター子爵のことはよく知っているようだ。
「多分……そのランカスター子爵だと思うわ」
「冗談だろ!? そんな奴にアンジェリカを?」
ジェームズはかなり憤っているようだ。私はその様子に改めてホッとした。ジェームズは子爵の申し出については本当に知らなかったのだと。
「お父様は体裁が悪いからって反対をしていたけれど……借金がチャラになるならって……」
「母さんか……」
ジェームズはため息交じりにそう呟いた。私も曖昧にそこは濁す。リンダはジェームズにとっては大切な母親だ。はっきりと悪く言うことは憚られた。
「借金は……確かにかなりの金額なようだ。だけど時間をかければいつかは返せる。まずは俺が結婚して……その持参金と……」
ジェームズはそう呟きながら何かを頭の中で計算しているようだ。
「待って! ジェームズだって結婚したくはないんでしょう?」
「お前があんな男と結婚させられるぐらいなら、俺が結婚した方がマシだ! ……どうせ、いつかは結婚しなきゃならないんだろうし。持参金だけで借金の全てを返せるわけじゃないけど、今の状況よりは── 」
「ダメよ! そんな……投げやりな……。私はジェームズにも幸せになって欲しい」
私の言葉にジェームズは唇を噛み締めた。
「別にいいんだよ。誰と結婚したって……誰だって一緒だよ……とじゃなきゃ」
ジェームズの声が小さすぎて、最後の方ははっきりとは聞き取れなかった。でもジェームズが自分の結婚に対して何の思い入れもないことだけはよくわかる。
「とにかく! ランカスター子爵との縁談は断ってもらう。絶対に! だからお前は心配するな」
ジェームズはそうきっぱりと言い切った。私にとっても彼が望まぬ結婚を強いられるのは不本意なのだが……。
「……ジェームズ。私、決めたわ。近衛騎士になる」
私はギュッと自分の両手を握りしめた。
王宮に行くのは怖い。アッシャー殿下と顔を合わせることも、私を拷問した男たちの姿を目に入れることも。
あの時のキングスレイ公爵の冷たい瞳を思い出すと、今でも身体が震える。
でも……今の私にはそれしか選択肢が残されていない。




