第6話
私とジェームズが話しているとレイドの姿はいつの間にか消えていた。
いつの間に……? そんな私の頭の中を覗いたようにジェームズが言った。
「あいつ……少し変わっているよな」
「あいつって……レイドのこと?」
私は先程まで居たレイドの姿がまだそこにあるかのように、その場所を見つめた。
「だって……あまり十分な給金を支払えているとは言えないし、使用人が減った分一人一人の負担は大きくなってる。それなのに『それでもいいから雇ってくれ』って……。変わってると思わないか? しかも、あいつの持っていた推薦状知ってるか?」
「推薦状? 知らないわ」
ジェームズは腕を組んで私に小声で囁く。私は聞こえやすいように耳を彼の口元に寄せた。
「キングスレイ公爵家の推薦状だったんだ。そんな凄い推薦状を持ってる奴が── 」
「キングスレイ公爵? 宰相の?」
私はその名に青ざめる。キングスレイ公爵は王太子殿下派の筆頭だ。そして──私が拷問されている間中、眉一つ動かさず私の一挙手一投足を監視していた人物。
レイドはキングスレイ公爵と関わりが? いや……単に推薦状を用意しただけで大した関わりはないのかも……などと自分に言い聞かせてみるが心は落ち着かない。
一度目の人生とは明らかに違う道筋を通っていると思うのに、何故かゼイン殿下との関わりを絶てず、もがけばもがくほど深みに嵌っていく感覚に襲われる。
黙り込んだ私をジェームズは心配そうに覗き込む。
「どうした?」
そう言われても、私は簡単に笑顔を作れなかった。気にかかることが多すぎる。
先程聞いた縁談の話をジェームズにするべき? でもまだ確定じゃない。少なくとも父は反対していた。まぁ……それも世間体を考えてのことだが。
プライドの高い父は亡き母の実家から口出しされること、悪名高い子爵に娘を差し出して借金を肩代わりしてもらうことを嫌っただけに過ぎない。私のことを思って── なんてことは決してない。
そんな私の様子にジェームズはますます心配そうに眉を下げた。
ちょうどその時── 。
ガラガラガラガラ! ドーン!
「きゃあ!」
ことさら大きな雷鳴に地面までも揺れた気がした。
私は思わず耳を塞いで、その場で蹲る。
ジェームズはそんな私を安心させるように膝を付いて私と視線を合わせる。しゃがみ込んだジェームズが私の肩に手をしっかりと乗せた。
「大丈夫か? 物置に行くか?」
耳を覆った手の隙間からジェームズの優しい声が聴こえる。
物置── 。それを聞くと嫌でも先程の父達の会話がまた思い出された。
「── ジェームズ。うちって……借金があるの?」
私は無意識にそう口にしていた。
私の質問にジェームズの顔が曇る。
しかし、驚いた様子はない── ということはジェームズも知っているということだ。ならば……ジェームズもランカスター子爵との縁談についても知っているのかもしれない。
ジェームズも私がランカスター子爵と結婚すれば良いと思っているのだろうか? そうすれば、うちの借金はチャラになる──と。
私はそこまで想像して心が重くなった。
ジェームズとは──良い関係を築けていると思っていた。一度目の人生では、ジェーンの腰巾着のようだったジェームズ。
けれど今は雷嫌いの私が心配で物置まで覗きに行こうとしてくれる優しい弟だと思っていた。
結局、運命は変えられないのだろうか?
王宮侍女になりたくなくて、騎士を目指したのに近衛になれと言われたり、長生きしたいのに黒い噂のある子爵に嫁がされそうになったり、ジェーン……は相変わらずだけど、ジェームズだけは私の味方で居てくれると……そう思っていた。
── 私は今回もやはり寿命を全うすることなく、誰かの悪意によって死んでしまう運命なのだろうか?
そう考えると、何だか力が抜けてしまう。必死になって抗っていた自分の努力が急に馬鹿馬鹿しく思えてきた。
もう……抗うのは止めようか……。
「……リカ、アンジェリカ?」
ジェームズが心配そうに私の顔を覗き込む。私は自分の耳を覆っていた手を退けた。
「……ジェームズも知っているのね、ランカ── 」
「ちょっとこっちへ」
ジェームズがしゃがみ込んでいた私の手を取ると、立ち上がった。
私もそれにつられて立ち上がる。
ジェームズにそのまま手を引かれ、私はまた階段を静かに駆け下りた。
「物置?」
「ここなら、雷も気にならないだろうし、話をするにももってこいだ。いつもの場所で少し……話そう」
ジェームズの顔はいつになく真剣だ。
私達は物置の棚の間を抜け、一番端まで行くと二人して床にペタンと座り込んだ。
子どもの頃、雷に怯える私に付き合ってジェームズもここで過ごした。雷が気にならなくなるぐらい、彼は私を必死に笑わせていたっけ。── 雷は苦手だったけれど、ジェームズとここで過ごす時間は好きだった。
私はジェームズの瞳をジッと見つめる。
「……ジェームズも知っていたの?」
ジェームズも私がランカスター子爵へ嫁げば丸く収まると思っていたら……そう思うと答えを聞くのが怖い。
「借金のことか? まぁ……実は今日家に帰れと言われたのは、それを俺に伝えるためだった」
ジェームズの表情は暗い。プライドの高い父がジェームズにそう伝えるぐらいだ。我が家の経済状況は既に取り返しのつかない所まで来ているのだろうと想像出来た。




