第4話
「座って」
そう促された私達は、二人揃って近衛騎士の向かい側に腰掛けた。
正直、私がここに呼ばれた理由はまだ分からない。分からないけれど心がザワザワして落ち着かなくて、長椅子の上で所在なさげに小さくなった。
隣のアダムをチラリと見ると、期待に満ちた表情で鼻が膨らんでいた。
肩に力が入っているのか、その姿は『アイアンコング』の名に恥じない佇まいだと思う。
「さて── 」
向かい側に腰掛けていた近衛騎士の一人が口を開く。
「まずは自己紹介をしよう。私は近衛騎士副団長のウォルターだ。こちらも同じく──」
「副団長のドミニクだよろしく」
体躯の良い二人が並ぶと流石に圧迫感がある。私達は差し出された手を順にとって握手をした。
「さっそくだが……殿下より二人に近衛騎士団への入団が打診されている。所謂『スカウト』と呼ばれるものだ。騎士科の生徒なら聞いたことがあるだろう?」
ウォルターと名乗った騎士は穏やかにそう切り出した。
誰よりも早く、それに反応したのはアダムだ。
「光栄です! お……私は幼い頃より近衛騎士団への入団を夢見ておりました。私を選んでくださった殿下の顔に泥を塗らぬよう精進してまいります!」
そう言ってガバリとアダムは頭を下げた。その勢いで風が巻き起こった程のスピードで。
しかし……そんなことより私の頭の中は真っ白になっていた。近衛騎士になりたいなんて一言も言った覚えはない。希望者以外にもスカウトが来るなんて思ってもみなかった。
「殿下も君には期待している。よろしく頼むよ、アダム」
ウォルター卿の言葉に私はふと我に返った。
「あ……あの……。何故私も?」
おずおずと口を開いた私に皆の視線が突き刺さる。
「殿下から言われたからだが……君は確か剣術大会でも三位の成績を収めている。この打診に何ら違和感を感じないが?」
ドミニク卿が何かの資料を捲りながらそう言った。きっとあれは私の情報が書かれたものなのだろう。
そこには間違いなく『近衛への入団を望む』とは書いていない筈なのだが。
私の隣に居るアダムが気遣わしげな視線を私に向ける。口を開きかけてチラリと向かい側の二人を確認して口を噤む。ここはきちんと私が言うしかない……もちろん分かっている。かなりの勇気が必要だが。
「あ、の……。もちろんこのお話が身に余る光栄であることは承知の上でお話させていただきたいのですが……私は近衛騎士団への入団を望んでおりません。最近はご令嬢が自分の側へ置くのは女性の護衛を望むことが多いとお聞きして私は騎士科への入学を決めたんです。……結婚せずとも自立を目指したくて。なので、このお話は── 」
『お断りします』という言葉をさらなる勇気を持って絞り出そうとした瞬間、目の前のウォルター卿は小さく頷いて私に言った。
「なるほど。私も女性の自立には賛成です。良い心がけだと思いますよ。ただ……これは殿下からの打診なのでね。断るなら殿下へ直接お伝え願いますか?」
ウォルター卿の言い方はとても柔らかく、何なら微笑みも浮かべてくれているというのに……私の心は凍りつく程冷たくなった。
「……では、殿下へお断りを── 」
私の声が震えているのは、殿下に直接断りを入れることが怖いのか、それともあの場合へ舞い戻ることが怖いのか……。
「あぁ、しかし殿下は現在南の辺境の方へと視察に向かわれていましてね。お帰りは三日後になるかと思います。── 三日間、ゆっくり考えてはいかがです? 近衛騎士への入団は自立を願う貴女にぴったりだ」
ウォルター卿がニコリと笑ってみせたが、目が笑っていない。……怖い。
結局私は返事を『保留』のような形にされて、帰路に着くこととなった。
「そんなに嫌か? 近衛なるのが」
アダムは心底不思議そうに私の顔を覗き込む。
「別に近衛が嫌なわけじゃないけど── 」
王宮に近寄りたくないのだと言った所でまた何故かと問われるだけだ。
「なら、一緒に働こうぜ。俺はお前と一緒に働きたいよ」
アダムの言葉は凄く嬉しい。私だってアダムと一緒なら、心強い。
だけど── 。
「ありがとう。アダムと働くなら楽しいだろうなって思うよ。……でもこれは自分の問題で── 」
「とりあえず、一旦ゆっくり考えてみろよ。俺等は殿下からの直々のご指名なんだ。その意味、お前にも分かるだろう?」
あの後、剣術大会二位だった生徒について尋ねた。私より彼の方が近衛騎士になる資格があるはずだ。するとドミニク卿は言った『彼には近衛騎士団長からの打診を受けてもらいました』と。
スカウトにも種類があると知った瞬間だった。
私は重たい気持ちを引きずりながら屋敷へと帰り着いた。
既に雨は振り始めている。
黒い雲が空を覆い、今にも雷鳴が轟きそうで、私は部屋へと急いだ。
夜になり、ゴロゴロと雷の鳴る音がする。何度も心の中で『大丈夫、雷はまだ遠い』と自分に言い聞かせる。
雷への恐怖と近衛騎士のスカウトの事で頭がぐちゃぐちゃだ。
雷── 。
何故か子どもの頃からずっと苦手だった。あの空を引き裂くような稲光も耳を塞いでも追いかけてくるような大きな音も恐怖でしかなく、母が生きていた頃は、いつも母の寝台に潜り込んでいた。でも母が居なくなった現在── 。
どんどんと大きくなる雷鳴に、私は早々に寝台に潜り込んでいた。
シーツを頭から被り耳を塞ぐ。
真夜中には嵐が大量の雨と風を運び、それらの窓を打つ音も相まって、目を閉じても全く眠れそうにない。
その時、部屋が一瞬明るくなるほどの稲光と共に大きな『ドンッ!』という音が胸にまで響いた。
雷が何処か近くへ落ちたのかもしれない。私は恐る恐る寝台を這い出ると、ソロソロと窓へ近づいた。雨に曇ってはっきりとした場所は特定できないが、火の手が上がっているような気配はない。
私は先程の恐怖で今だドキドキと早鐘を打つ胸をそっと押さえた。
「仕方ない……あそこへ行こう」
母が居なくなってから雷が鳴るたびに避難していた場所。それは我が家にある奥まった物置だ。
そこには窓もなく、壁一面に張り巡らされた棚のおかげで雷の音が小さく聴こえる。
幼い頃の私の避難場所。
私はガウンを羽織るとトボトボと物置へ向かった。




