第19話
学園での生活は、とにかく充実していた。
ジェームズは赤点を取ることもなくなったし、テラスに近づかない私はアッシャー殿下とばったり出会すこともない。
卒業が近くなったからかゼイン殿下も鍛錬場に現れることが随分と少なくなった。
平和だ── そう思っていたある日、学園の中にしつらえられた闘技場で、ゼイン殿下が数人と試合をするらしいとアダムが興奮したように私に言った。
「観に行こうぜ。真剣勝負らしいぞ」
ウキウキしたアダムに連れられ、私は闘技場の客席に向かった。
ゼイン殿下の真剣勝負……それには大いに興味がある。彼の剣の腕が素晴らしいことは、この一年で十分に知っているつもりだ。
「誰が相手をするのかしらね」
「さぁ? まぁ、三年生の中から選ばれるだろ」
私達は噂を聞いて観戦に来た溢れんばかりのギャラリーに紛れて、試合を見守る。
ジェームズは残念ながら、ジェーンに付き添ってゴールド伯爵家に行っている。ジェームズが無理矢理にでも連れて行かなければ、ジェーンがすぐにサボろうとするからだ。
一人目。三年生の中でもゼイン殿下に次ぐ剣の使い手だと言われている生徒が相手に選ばれた。
二人の力は拮抗しているように見えたが、結局、激しい打ち合いの末、ゼイン殿下が勝った。一勝目だ。
ゼイン殿下の強さに思わず鳥肌が立つ。
次もまた三年生の中から選ばれた。そこでもゼイン殿下の勝利。三人目は二年生の中で一番強いと言われている生徒が選ばれた。
「お、おい各学年から選ばれてるのかな? なら俺にもチャンスがある?」
アダムは目をキラキラさせながら、私に耳打ちする。
確かに……一年生の中から選ばれるのだとしたら間違いなくアダムだ。
「可能性はあるかも」
「だ、だよな!」
アダムは既に自分が相手に選ばれているかのように興奮していた。
そんな会話をしている内に三人目もゼイン殿下に敗れる。これでゼイン殿下の三勝。
ゼイン殿下に視線を移すとほんの少し息が乱れているように見えた。ここまでほぼ休憩なく戦い続けている。それは当たり前のように思えた。
水を一口飲んだゼイン殿下が視線をキョロキョロと彷徨わせる。そして── 。
「アダム! アダム·レイバンは居るか!」
ゼイン殿下の大きな声に弾かれたように隣のアダムの体がビクン! と大きく動く。
「は、はい!」
アダムは手を目一杯に伸ばして返事をする。
ゼイン殿下に一勝目を捧げた三年生の生徒が戸惑ったようにゼイン殿下に耳打ちしている。ゼイン殿下は『まぁ、まぁ』といった風に手で彼を宥めていた。
もしかすると……アダムが呼ばれたのは予定外?
そう思ったが、既にアダムはギャラリーを押しのけて、ゼイン殿下の元へと向かっていた。
心の中で『良かったわね』とアダムの背を見送る。
もちろん心の中で応援するのもアダムの方だ。
アダムが準備をする間、ゼイン殿下はまたギャラリーに視線を向ける。── 何故か私と目が合った気がした。
アダムの準備が出来たのか、模造剣を手にした彼がゼイン殿下の前に現れた。
アダムの高揚している顔を見て心の中で『頑張れ』と私はエールを送った。
ガキン!!
剣を打ち合う音が、ギャラリーで埋め尽くされた闘技場に響く。
アダムの大きな体が右に左に殿下の剣先を往なしながら軽やかに動いている。良い勝負のようにも見えるが、アダムが防戦一方なのが気になった。
攻撃の機会をアダムは窺っているのだろうが、殿下にその隙がない。
対戦は四戦連続。殿下にも少し疲れが見える。相手はスタミナ十分のアダム。
このまま打ち合いが続けば、アダムにも好機が生まれるかもしれない。
二人の打ち合いは予想を遥かに越えて続く。私はいつしかギュッと手を握りしめていた。
── その時。
アダムの剣先が殿下の頬を掠める。その拍子に殿下の体勢が崩れた。
今だ!
私だけでなく、アダムも間違いなくそう思っただろう。アダムは剣を構え直すと、一気に攻撃に転じた。
しかし── 殿下は体勢を崩しながらも、アダムの剣を受け止め、そのまま力任せにその剣を弾き飛ばした。あのアダムの剣を打ち返すなんて……すごい力だ。
アダムの手を離れた剣はクルクルと円を描きなから、地面へと落ちる。それと同時に殿下の剣先がアダムの鼻先でピタリと止まった。
「そこまで!」
審判の声に静まりかえっていた観客達は一斉に声を上げ、殿下の勝利を称えた。それと同時に善戦したアダムにも惜しみない拍手が送られる。
アダムは少し肩を落としながらも、満足したように頷いた。殿下がアダムの肩に手を置き何か話し掛けている。流石に会話まではここまで聞こえてこないが、アダムが照れたように頭を掻いている様子に私も無意識に笑顔になった。
アダムがこちらに顔を向けると、私に笑顔で手を振る。私は力の限り目一杯拍手をしてアダムを称えた。
殿下の口角も上がっている。私の気の所為と言われればそれまでだが、殿下はアダムとの一戦を今までのどの相手より楽しんでいるように思えた。
アダムは深々と頭を下げて礼をすると、その場を小走りで去っていく。
残された殿下も今までより明らかに息が上がっているのが、離れたこの場所からも確認出来た。
アダムとの対戦は予定外だったはず。ならばこれで試合は終わりか── そう皆思っていたはずだ。
だが、殿下はまだその場に残り、水筒からまた一口水を飲むと口元を乱暴に拭った。王族らしからぬ振る舞いだが、それか妙に殿下には似合っていた。
そして──。
「次! アンジェリカ! アンジェリカ·フロスト! 次はお前だ、準備をしろ!」
殿下の大きな声が闘技場に響き渡る。観客達は一瞬静まり返った後、ザワザワと騒ぎ出した。
私の前に居た観客は振り返り、互いにヒソヒソと何かを話している。
呆然としている私に殿下はまた名を呼んだ。しかも視線はぴったりと私に合っている。
「聞こえないのか! アンジェリカ!」
「は、はい! すみません!」
反射的に謝った私は、弾かれたように足を踏み出した。




