第18話
「実はミルナ嬢と婚約することになったんだ。明日正式に婚約を結ぶ」
アダムの溢れんばかりの笑顔に、私まで嬉しくなった。
「おめでとう! 良かったわね。私も嬉しいわ」
アダムからミルナ様への想いを日々聞かされていた私としては、心からの言葉だった。しかし、アダムは私とミルナ様との関係を知っても『どうにかしてくれ』と泣きついてきたことはない。彼は正々堂々、ミルナ様の心を勝ち取ったのだ。
「いや~俺は世界一の幸せ者だな」
デレデレと目を細めて笑っているアダムにこちらも幸せをお裾分けして貰っている気分だ。
一度目の人生で最悪な初恋を経験した私には、もう誰かを好きになることも、誰かの好意を素直に受け入れることも出来そうにない。
しかし、こんな笑顔のアダムを見ていると── ふとにこんな風に想い想われる関係って素敵だなと思ってしまう。
そして、そんな自分を戒めるように私は小さく首を振った。── 二度とあんな思いをするのは御免だ。
アッシャー殿下に傷つけられた心の傷がズキズキと痛む。
『好きだ、愛している』そんな言葉に、もう二度と騙されないと誓ったじゃないか。
口では何とでも言える。それは身をもって経験したじゃないか── そう自分に言い聞かせた。
「ありがとうな。ミルナ嬢に俺のこと……良い奴だって言ってくれて」
照れたように頭を掻きながらアダムが私に礼を言った。
「本当のことを言っただけよ。ミルナ様の心を動かしたのは、アダム自身だわ」
私の言葉にアダムはニカッと歯を見せて笑った。
そして、小さくペコリと頭を下げる。
「デビュタントの件、喋っちゃってごめんな」
やはりミルナ様があの件を知っていたのは、アダムからの情報だったか。だが、ミルナ様もアダムも誰彼構わず言いふらすような人間じゃないことは分かっている。
「いいよ。不気味なほど学園では何も噂されていないみたいだし、今のところ静かに過ごせてるから。それにミルナ様がそれを面白おかしく吹聴する人じゃないことくらい分かってる」
アダムはホッとしたように胸をなで下ろす。
「まぁ、騎士科てそれを噂する度胸のある奴はいないだろ、ゼイン殿下も在籍してるし……と言っても三年生が卒業するまであと少しだな」
気づけばこの学園に入学して九ヶ月程が経っていた。
王族と関わらないと決めていたのに、何故かゼイン殿下から絡まれることが多くて困惑していたが、それもあと少しの辛抱だ。
アッシャー殿下は普通科だから、食堂やテラスに近寄らなければ問題ない。
もう悪目立ちせず、静かに粛々と過ごしたい。それが私の心からの願いだった。
鍛錬場でゼイン殿下に出会す時は身構えてしまうようになった私だが、彼はいつも通り飄々としていた。
「もう少し重い物に替えたらどうだ」
背後から声がかかる。
私とゼイン殿下が話す時、何故か皆が遠巻きにチラチラと見ている気がするのは自意識過剰なのだろうか。
「ゼ、ゼイン殿下、ご機嫌よう。……そうですね、そろそろ替え時かとは思っていました」
私は自分の持つ模造剣に視線を落とす。手に馴染んで動かしやすいが、そろそろ物足りなくなってきた。……と、同時に逞しくなった自分の腕を擦る。ドレスが似合わなくなってしまったのも当然だ。
「で、本物の剣は? そろそろ買った方が良い。重さに慣れておけ」
「それも考えておりましたが、まだ決めきれなくて」
正直、剣の値段はピンキリだ。気に入ったものはやはり高価で、自分で買うには少々懐が痛む。父にせがむのも癪だし、数少ない自分のアクセサリーを売るしかないかと思っていたところだ。
「選ぶのに悩んだら相談しろ」
ゼイン殿下はぶっきらぼうだが、やはり優しい人柄だと思う。── ただ、何を考えているのかは分からないけれども。
「……ゼイン殿下は何故騎士科に?」
私はつい無意識にそう口にしていた。
「ん? 不思議か?」
「あ……不躾な質問でした。申し訳ありません」
無意識とはいえ、何故自分がこんなことを口走ったのか、分からない。私は素直に頭を下げた。
「構わん。自分の身は自分で守る── それが理由だ」
殿下はあっさりとそう答えた。
「しかし殿下には近衛が── 」
「いつ何があるかは分からん。幼少期から毒に慣れ親しむことと剣術を身につけることは同じだ。自己防衛。己が強くなれば、周りを巻き添えにする被害は最小限で済む」
淡々と答える殿下に私はまた、余計な一言を呟いた。
「アレルギーは……」
殿下はキッと私を鋭く睨んだ── 気がした。
「何の話だ」
あぁ、そうだった。殿下のアレルギーについては本当に彼の側に居る僅かな人間にしか伝えられていない事柄だ。トップシークレット──私は今、自分が不用意な発言をしてしまったことを猛烈に後悔していた。
「い、いえ。私が子どもの頃、蜂に刺されたことがありまして……。二回目は気をつけなさいと母から言われたことを殿下の毒の話しで思い出しました。体質によっては蜂の毒でアレルギーのような反応か出るのよ、と」
蜂に刺されたことも、母に注意を受けたことも本当の話だが、上手く誤魔化せただろうか?
「……そうか。そういう話は聞いたことがある。森に入る際には十分に注意することだな」
ゼイン殿下の表情は変わらない。なんとか誤魔化せた……そう思いたいが、私は生きた心地がしなかった。




