第14話
「顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「ええ……少し緊張しているみたいですが、大丈夫です。……多分」
馬車を降りる私にアークロイド卿が手を差し出す。その手を取る私の指先がほんの少し震えていた。
馬車を降り、目を閉じた私は大きく息を吐いた。
「アンジェリカ!」
ジェームズ達の馬車も到着したらしい。急いで降りてきたジェームズが私の元へと駆け寄る。
私は目を開け、声のする方へと顔を向けた。
「ジェームズ! 何処へ行くのよ!」
馬車の扉から身を乗り出すジェーン。御者が慌ててジェーンに手を差し出しているのが見える。
「ジェームズ、ジェーンが呼んでいるわ」
しかし、ジェームズはそれに答えず、強引に私をアークロイド卿から引き剥がす。
── が、御者に馬車から降ろして貰ったジェーンが小走りで駆けてきて、そのジェームズを私から引き剥がす。
「ジェームズ! エスコートするのは私でしょう!」
「いや……アンジェリカが── 」
ジェームズが私とジェーンの間でオロオロしている。
「アンジェリカ殿のことは私にお任せください。さぁ、どうぞ」
アークロイド卿はにこやかに私に腕を差し出す。
私はジェーンとジェームズの顔を交互に確認した。ジェームズは眉を下げ困りきっているようだが、ジェーンはジェームズの腕をギュッと掴んで私を睨みつけている。
「ジェームズ、お父様が居ないのだし、ジェーンをエスコートしてあげて。私は元々来る予定の無かった邪魔者だもの。……アークロイド卿、入場までお付き合いお願いできますか?」
「当然です。私は最初からそのつもりでしたから」
私がアークロイド卿の腕を取ると、ジェーンはホッとしたような表情を浮かべた。デビュタントは父親が基本的にエスコートする。父親が居ない者はその代理で叔父や兄が。それが慣習なのだから、ジェーンも一人で入場になるのかとヒヤヒヤしたのだろう。
「アンジェリカ……!」
「シーッ! ここは人目が多いわ。こんなところで揉めていたら、余計に目立っちゃうから」
私が唇に人差し指を当てそう小声で言うと、ジェームズは自分の腕を必死に掴んでいるジェーンをチラリと見て、小さく息を吐いた。
「── わかった」
「では入場に向かいましょう」
アークロイド卿の言葉を合図に私は足を踏み出した。後ろでは少し文句を言いながらジェームズにエスコートされたジェーンが付いてくる。
「……どうしてデビュタントを欠席しようと思ったのです? ドレスがないから? 招待状を失くしたから? それとも──今、微かに震えている指先が理由でしょうか?」
顔は待っすぐに前を向いたまま、アークロイド卿は私に尋ねた。彼の腕に添えた私の手がまだ微かに震えていることに私自身そこで気づく。
「……そのどちらもです。私は華やかな場所が苦手で。苦手な場に出るくらいなら欠席で良いと思っていました」
一度目の人生、ここで殺されたのだなんて言っても誰も信じてくれない。
「……なるほど」
アークロイド卿は少しの間の後に小さく頷いた。彼の横顔をチラリと覗き見る。彼は何かを考え込んでいるようだった。
扉に到着し、名を呼ばれて私は大きく息を吐いた。
アークロイド卿に合わせて大きく一歩を踏み出して会場へと入場する。
その途端に懐かしさと恐怖が綯い交ぜになった感覚が私を襲う。
私は何度も『大丈夫、大丈夫』と自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
私の姿に既に入場していた招待客達がざわつく。
このドレスと私をエスコートする人物のせいだろう。
後ろでははしゃぐジェーンを窘めるジェームズの声が聞こえていた。
「やはり目立っていますね」
アークロイド卿が面白そうにそう言った。
「白いドレスを着ていると勘違いされているのではないでしょうか? 私達の後は侯爵家の方が入場されるのですよね? どう思われるのか心配です」
公爵家には今年デビュタントの子どもが居ない。あとは侯爵家の二人だけだ。── その内の一人はアダム。そしてもう一人はご令嬢で婚約者が居ない。それが意味することは考えなくても分かる。二人の殿下の婚約者の座を狙っているに違いない。
「一応、白ではないので言い逃れは可能です。ここでは私が側におりますので安心してください」
『ここでは』ね。
明日からの学園生活の方が心配なのは私だけだろうか。
遠巻きに……観察されている気がする。
皆、アークロイド卿が怖いのか、ヒソヒソ話をする気配さえないが、皆が私に注目している気がするのだ。── 自意識過剰だと言われても仕方ないが。
「皆様、アークロイド卿が怖いのでしょうか」
私のポツリとした呟きにアークロイド卿はにこやかに答えた。
「自慢じゃありませんが、私はゼイン殿下の犬。陛下にも一目置かれていますのでね。誰も下手なことは言ってこないでしょう」
自らを『犬』と称するほどゼイン殿下に忠実だということか。しかも陛下にまで目をかけてもらっているとは驚きだ。
「なら安心ですね」
まるで台詞を棒読みしているかのような口調になってしまったが、心を無にしておかないと、色々と辛い。
「── アッシャー殿下は私のことを嫌っておりますがね」
アークロイド卿の腕にそっと置いた自分の指先に無意識に力が籠る。
「アッシャー殿下は……人当たりが良いように見えます。人を嫌うようには……」
声が震えないようにすれば喉に力が入る。そのせいで妙に低い声が出てしまった。
「……貴女は本当にそのように思っておりますか?」
その言葉に私はついアークロイド卿を見上げてしまった。彼は探るような瞳で私を見ている──気がした。
「ち、違うのですか?」
動揺が顔に出ているかもしれない。アークロイド卿はアッシャー殿下の本心をどこまで知っているのだろう。
アークロイド卿の瞳が私をジッと見つめて離さない。全てを見透かされそうで怖かった。
途端にアークロイド卿は取ってつけたように笑顔を見せた。
「さぁ、どうでしょうね。私には……ゼイン殿下より大切なものなどありませんので。アッシャー殿下は大好きなお兄様の側に居る私のことを邪魔だと思っているのではないかと勝手に想像しております」
上手くはぐらかされた気がしてならないが、丁度その時、大きなラッパを合図に陛下をはじめとした王族の面々が入場してきた。
アークロイド卿の側だからか……アッシャー殿下の姿を見ても、気を失うほどの恐怖は無かった。私はそっとアークロイド卿の横顔を覗き見る。彼の鋭い視線はアッシャー殿下に向けられていた。
アークロイド卿が……何かを知っているのではないかという疑問が私の中で膨れ上がる。
アッシャー殿下が……ゼイン殿下を亡き者にしようとしている。それを彼は知っているのでは?
いや……もし知っているのならば、あの日のあの場所でゼイン殿下を一人になんてしなかっただろう。
── きっと私の気の所為だ。そう自分に言い聞かせた。




