第13話
アークロイド卿の圧が強かったのか、結局リンダは反論することも出来ず言いくるめられてしまった。
そして私は今、何故かアークロイド卿と向かい合わせで共に馬車に乗っている。
ある程度予想は出来ていたが、この状況にますます気が重くなる。
ジェームズも私と一緒に馬車に乗りたいと主張したが、ジェーンが頑なにジェームズを離さなかった。
何故なら、父が時間になっても屋敷へ戻って来なかったからだ。デビュタントでは父がジェーンをエスコートすることになっていたのだが……最近の父は随分と忙しそうにしている。
どうしてもゴールド伯爵の新規事業の仲間に入れて欲しいようで、そのために色々と駆け回っているのだとジェームズは言っていた。
ジェームズは一言『そんなことをする暇があったら、領地へと目を向けるべきだと思うけどな』と怒ったように言っていた。
さすが王宮の馬車と言うべきか、座面のクッションは分厚く、揺れも少ない。
私はいつもより静かに走る馬車の窓から流れる景色を眺めていた。
「── 何を考えていらっしゃいますか?」
急にそうアークロイド卿に問われ、私はピクリと反応した。
「……気が重いな……と考えておりました。このドレスもアクセサリーも私には不相応に思えて。いえ、実際不相応なのですけど」
本当は違う。王宮に近づくにつれ動悸がし始め、何とか気を紛らわそうと努力しているところだった。
あれから……初めての王宮だ。
あの場所に立てば嫌でも思い出してしまうだろう、最期のあの時を。
予期せずアッシャー殿下と顔を合わせた時、私は恐怖から意識を失ってしまった。今回はそんな失態を晒すわけにはいかない。ただでさえ、今回私は自分は意図せずとも目立ってしまう可能性大だ。
「十分にお似合いですよ。ご自身にもっと自信を持たれては?」
アークロイド卿の言葉に『似合う、似合わないの問題じゃないけど』と心の中で独り言た。
「伯爵家には相応しくない装いだと思います。特に我がフロスト家は然程── 」
「私は子爵の出自です。アンジェリカ殿の言葉を借りるならば王太子殿下の側近としては相応しくない……そう言えるでしょう。しかし私は出自で自分を過小評価しないように心がけております。私が私に自信と責任を持たなければ、私を選んでくださったゼイン殿下の判断が間違っていたことになる」
アークロイド卿。ゼイン殿下の側近で、常に彼の側にいた。が、あの時──私が毒を盛ったとされたあの時、彼はたまたま別の部屋に居た。きっと……あの場にアークロイド卿が居たら、私は彼からどんな扱いを受けただろう。すぐに切り捨てられていたかもしれない。……想像するだけでも恐ろしくなった。
「ゼイン殿下が側に置く人物を身分で選別していないことは私も理解しています。しかし、周りは違う。私が暮らしているのはそんな貴族達がいる社会です」
私の言葉にアークロイド卿は少し寂しそうな顔をした。
「確かに。私もアンジェリカ殿の言う通りだと思いますよ。だからゼイン殿下が王太子として選ばれたのです。王政をよく思わない貴族が一定数おります。身分と権力を嫌い実力主義を声高らかに掲げる者達です。ゼイン殿下の存在はそんな者達のガス抜きです。膨らみすぎた欲望は不要な軋轢を生みます」
私は驚いてアークロイド卿を見つめた。ゼイン殿下はその矢面に立つ覚悟で王太子になったのか……と。
「それは……結局どちらにも角が立つのでは?」
「そこのバランスは上手くやらねばなりません。その為に私達が居るのです。どちらの不満もほどほどに抑え、どちらもほどほどに満足させる。── 難しい仕事ですよ」
アークロイド卿はそう言うとにっこりと微笑んだ。食えない男── そんな印象だ。
アッシャー殿下はゼイン殿下の暗殺を企てた理由をこう言った。
『歳が上だと言うだけで王太子に選ばれたのは不当だ』と。
アークロイド卿の話を聞く限りアッシャー殿下に一番足りないものは『バランス感覚』だろう。彼は権力を持ちこの国が自分達の力のみで成り立っていると勘違いしている貴族からの受けがすこぶる良かった。
── しかし。
「何故、そんな大事なことを私なんかに話したのです?」
私の問いにアークロイド卿は少し驚いたような表情を一瞬見せたが、すぐに優しく微笑んだ。
「『私なんか』ではありません。『貴女だから』話したのです」
「それはどう言う意味── 」
私の質問に被せるようにアークロイド卿は言った。
「それは追々分かります。追々……そう、まだ少し早い。──そう言えばアンジェリカ殿は騎士を目指しているのですよね?」
私ははぐらかされた答えの方が気になった。しかし、アークロイド卿の笑顔はそれ以上を尋ねることを拒否しているようだ。
「……はい。自立を目指そうと思いまして」
「それは良い心がけです。自分の人生を決める権利は皆に平等にあるべきです。……まぁ、現実は難しいことが多いですがね。── さて、そろそろ王宮に到着するようですよ」
アークロイド卿は窓の外を眺めてそう言った。私も同じように窓の外へ視線を向ける。
そこには我が国の王城がそびえ立っている。
それを見て私の心臓がドクンと嫌な音を立てた。




