第12話
私は王宮から訪れた大勢のメイドと侍女に、あれよあれよと言う間に湯浴みをさせられ、ドレスを着せられていく。
我が家のメイド達は手出しが出来ず、辛うじてマチルダが『私がお嬢様の専属侍女ですので!』と皆を押しのけて私の側に控えてくれた。
勢いに流され続けた私の心強い味方だ。
ドレスに着替え鏡の前に座る私に王宮から派遣された侍女が髪を梳きながらうっとりと呟いた。
「本当にお美しい髪色ですこと」
「でも……随分と短く切ってしまっているから、ドレスは似合わないと思うんだけど……」
騎士になる私にはこの髪型は好都合だが、ドレスは全く似合わない。学園の制服ですら、若干違和感を覚えるのだから。
「お任せくださいませ! 私、伊達に王宮侍女を名乗っておりませんので」
『王宮侍女』
その言葉を聞いただけで、胸の奥がズーンと重くなる。私は無意識に胸の辺りをそっと押さえていた。
「お嬢様大丈夫ですか?」
マチルダが直ぐ様反応する。前に学園で倒れたことを聞いた時も、誰よりも心配してくれたのはマチルダだった。
「ええ。久しぶりにコルセットで締め上げているから、少し苦しくて」
私はそう笑って胸の奥の痛みを誤魔化した。
みるみる間に短い髪が編み込まれ髪飾りに彩られていく。
まるで長い髪を纏めたかのように見える出来栄えに私は思わず感嘆のため息を漏らした。
「凄い……」
私だって美しく着飾ることに興味がないわけではない。だがそれ以上に長生きの方が重要である為に後回しにしてきただけだ。
それに……私が持っている物が目を引けば引くほどジェーンに横取りされる可能性が高くなる。その攻防ですら面倒くさい。
「大きな髪飾りを着けてますから、上手く誤魔化せたと思います。短さは気にならないと思いますよ」
私は自分の髪を結ってくれた侍女の顔を改めて確認した。初老の彼女に……やはり見覚えがある。
ゼイン殿下の専属だったのは、もちろん私だけではなかった。彼女もその内の一人。
ゼイン殿下付きの侍女はベテランばかりで、未熟な私は慣れるまでに時間がかかった。正直……周りから私は浮いていたと思う。
あの時の辛い気持ちに蓋をしていたからか、パッと見た時には気づかなかった。……髪色を褒められて思い出した。侍女だった時に同じように褒められた記憶が彼女の言葉と共に蘇る。『貴女、本当に綺麗な髪色ね』と。
「さぁ、さぁ、仕上げとまいりましょうね」
昔を思い出していた私はその声に我に返る。
ふと前を見ると、鏡に映る自分に豪華なネックレスが着けられている最中だった。
「こ、これは?」
「こちらも殿下からの贈り物でございます。揃いのイヤリングもありますので」
いやいやいや! こんな豪華なアクセサリー、デビュタントで着けている人なんて公爵令嬢ぐらいしか思い浮かばない。
「こんな立派な物受け取れません!」
私は青ざめながら、侍女から逃れるように立ち上がった。
彼女は悲しそうにキュッと眉を下げる。
「それは困ります。これを持ち帰りでもしたら……アークロイド卿が殿下に叱られてしまいますわ。……可哀想なアークロイド卿……」
そんな風に言われたら何も言えなくなってしまう。
「あ……いや、でも……」
「それにこのネックレスもイヤリングもドレスに合わせて選ばれた物。ドレスだけでは格好がつきません」
そんな豪華な物を着けてこの限りなく白いドレスでデビュタントに行けと?
──悪目立ちすること間違いなしだ。私は今から頭が痛くなった。
「……綺麗だな。馬子にも衣装って言葉がぴったりだ。」
あまりの豪華な装いにげっそりしている私とは裏腹に、ジェームズが誂うようにそう言った。でも何故か頬は赤い。
「どうしよう……こんなドレスでデビュタントに出席したら、なんて周りに言われるか……」
「周りの騒音など気にする必要はありませんよ」
ジェームズとコソコソ話していたつもりだが、アークロイド卿の耳にはしっかりと届いていたようだ。彼は私ににっこりと微笑んだ。
「気にしない方が無理な話です……それより、何故まだここに?」
私の支度が終わるまで応接室で寛いでいたというアークロイド卿。とっくに王宮に戻っているものだとばかり思っていた。
「アンジェリカ殿を王宮に送り届けるまでが私の仕事です」
『逃さない』
そう言われているようで私はますます落ち込んだ。王宮へ行かなければならない……死ぬほど嫌だ。
そこへけたたましく割り込んで来た人物── 。
「アンジェリカ! どういうことなの、説明なさい!」
リンダだ。今日は朝から出かけていると聞いていたがいつの間にか帰ってきていたらしい。どうせジェーンが泣きついたのだろう。
現にリンダの後ろに隠れたジェーンの姿がチラチラと見える。ほら、やっぱり。
「どう……と言われても──」
私だって誰かに説明して欲しいと思っているのだ。ちなみに私は答えを持っていない。
すると私とリンダの間にズイッとアークロイド卿が割って入る。
「何の説明を求めているのでしょう? アンジェリカ殿の代わりに全て私が答えますが」
「あ、貴方誰?」
ジェーンは先ほどアークロイド卿に睨まれたことがよほど怖かったのか、亀のように首をすくめると、サッとリンダの陰に隠れた。
「申し遅れました、私の名はアークロイド。ゼイン殿下に仕える者です。貴女はフロスト伯爵夫人ですね?」
「お、王太子殿下の側近がアンジェリカに何の用なんです? ドレスがどうとかジェーンから聞きましたけど」
リンダは堂々としたアークロイド卿にタジタジとしながらも強い口調で彼に尋ねた。
「まず……。デビュタントのドレスは家長が用意するのが慣習。それを怠ったのはフロスト伯爵です。それはお分かりになりますか?」
強く詰める口調ではないのに、それがかえって怖いのは何故だろう。
リンダの顔色が一瞬悪くなる。
「ア、アンジェリカは元々ドレスに興味がないのです。騎士になりたいなどというおかしな夢を持っているぐらいですからね。それにこの子も何も言わないし── 」
「だから? それがドレスを用意しない理由になりますか? 親がそんなだから弟が代わりにドレスを仕立てるような羽目になるのでは? しかもそれが何処から来たかも分からぬ猫にズタボロにされるなど……そんな不幸が矢継ぎ早に訪れることがありますか? ── 結果として私がここにいるというわけです。殿下からの贈り物を届け、アンジェリカ殿を安全に王宮へ送り届ける。それが私の役目です。私がここに来た理由は分かりましたか?」
す、凄い。アークロイド卿はスラスラと一度も言葉に詰まることなく早口で一気にまくし立てた。お陰でリンダもジェーンも口を挟む隙がない。
──しかし。
何故私の為に父がドレスを用意しなかったことを知っているのだろう。その代わりにジェームズがドレスを仕立ててくれたこと、さらにはそのドレスがボロボロになったことまで知っているなんて……。
アークロイド卿が知っているということはその先── つまりはゼイン殿下がそれを知っているということだ。
何故? しかし、考えても私には全く分からない。
混乱することばかりだ。
私はこれからのことを思ってますます気が重くなってきた。




