第11話
「デビュタント用のドレスがダメになったとお聞きいたしまして」
にこやかなアークロイド卿の言葉だが、私は何気に引っかかった。誰がそれを?
私は咄嗟にジェーンを引っ張ってその場を去ろうとしていたジェームズに視線を走らせた。彼は何度も首を横に振る。……ジェームズではないらしい。なら、誰が?
そんな私の疑問などアークロイド卿は知る由もないのか、話を続ける。
「それで── こちらをゼイン殿下が」
彼の言葉を合図に一人の侍従が持っていた大きな箱が開いた。
もう一人がその中から白っぽいドレスを恭しく手に取りフワッと広げた。
「し、白……?」
私もだが、ジェーンを引っ張って行くジェームズも、引っ張られているジェーンもそのドレスに目を丸くした。
『白いドレス』
王宮での夜会やダンスパーティーで白いドレスを着ることが許されているのは王族か或いはその伴侶になる予定の者── 婚約者達だということは、この国に住む貴族ならば誰もが知っていることだ。
「いえ、いえ。よーくご覧ください。うすーーーーい水色となっております。ほら、近くへ寄って」
アークロイド卿に促されるまま、私はそのドレスに近づき目を凝らす。── 確かに。このドレスは真っ白ではない。薄い水色だ。だけどパッと見は白。限りなく白に近い水色だ。
「こ、こんなの困ります! それに私、ゼイン殿下にドレスを贈られる覚えがありません!」
私の顔は今、きっと青ざめている。ジェームズも同じく青ざめている。ジェーンの顔だけが赤い。この状況を面白くないと思っているに違いない── そんな表情だ。
「でもデビュタントに着ていくドレスがないのはお困りでしょう。今日の今日で他のドレスをご用意するのは難しいかと……」
「あ、あの私、実は招待状を失くしまして……ですので、その……欠席させていただくつもりで── 」
言葉が段々と尻窄みになっていくのは、アークロイド卿の笑顔が何故か怖いからだ。笑顔には違いないのに圧が凄い。
「そんなことを気にされていたのですか!」
アークロイド卿はそう言ってパッと明るく声を上げると、指をパチンと鳴らした。すると一人の侍従がサッと封筒を手渡す。徐にそれを手に取った彼は私に満面の笑みで差し出した。
「こちらに新しい招待状をご用意させていただいております」
逃げられない……。私はまるでその招待状に呪いが掛かっているような錯覚さえ覚えた。手を出さない私にアークロイド卿はまたにっこりと微笑んだ。
「さぁ、そろそろ用意いたしませんと、夜会に間に合わなくなってしまいます。女性の支度には時間が掛かるものと私も心得ておりますので」
「いえ……あの……でも……」
「さぁ、さぁ」
アークロイド卿の圧に屈しそうな私にジェームズが横から口を挟む。
「しかし……何故殿下がアンジェリカに?」
「困っているご令嬢を手助けするのに、特別な理由が必要で?」
アークロイド卿とジェームズの間に不穏な空気が流れる。
すると、ジェームズの手が緩んだ隙にジェーンがその腕から逃れた。
「アンジェリカが要らないなら私がそのドレスを── !」
両手をそのドレスに伸ばしながらジェーンが駆け寄る。
「── 馬鹿っ!」
ジェームズが慌ててジェーンの腕を再度捕まえようと手を伸ばしたが、彼女はそれをスルリと躱す。
しかし伸ばされたジェーンの腕はドレスに辿り着くことなく、アークロイド卿によって叩き落とされた。
「痛っ!」
「先ほどから関係のない虫がブンブンと煩いですね。いいですか? 貴女は一欠片も関係ありません。このまま無礼を続けるようであれば、こちらにも考えがあります」
叩き落とされた手を擦りながら、ジェーンはアークロイド卿をキッと睨んで──そのまま口を震わせ青ざめた。
先ほどまでの張り付いたような笑顔は鳴りを潜め、冷たい視線でジェーンを見ているアークロイド卿。
正直その氷のような視線に私もゾッとした。
「……っ!」
悔しそうにジェーンは唇を噛みしめる。しかし、その体はまだ小刻みに震えていた。
私も恐る恐る口を開く。
「あの……でも、これでは白いドレスと見間違われて、余計な騒動に── 」
殿下二人にはまだ婚約者は居ない。その詳しい理由は私の知るところではないが、国中のご令嬢がその座を虎視眈々と狙っているのは知っている。
そんな中、私がこんな色のドレスでデビュタントに参加したら?
想像するだけで恐ろしい。
「……アンジェリカ殿のご懸念も良く理解しております。私も忠告はしたんですけどね。ゼインの奴は聞く耳持たないし、水色で折り合いをつけたが奴の執着── 」
アークロイド卿は最初は私に話して聞かせていたようなのだが、最後の辺りは何故か独り言のようにブツブツと喋っていた。はっきりとは聞き取れないが、彼はパッと顔を上げると、またにっこりと微笑んだ。
「とにかく。これを受け取ってもらえなければ私が大変困ることになるのです。私を助けると思って……よろしくお願いいたします」
アークロイド卿はそう言って深々と頭を下げた。
「あ、頭を上げてください! わ、分かりました! 分かりましたから……」
「ではこのドレスでデビュタントに参加していただけると!?」
アークロイド卿は今度は満面の笑みだ。これは今までの微笑みと違い、彼の心からの笑顔に思え、少しだけ好感が持てた。── 少しだけだが。




