第10話
ここで『別にデビュタントに行きたくない』と素直に言っても強がりだと言われるだろうし、無視をしたとしてもまた強がっていると思われるのだろう。
そう……つまりは何を言っても、やっても、ジェーンから見れば『強がり』だと言われる結果にたどり着く。
結果の決まった会話ほど無駄なものはないのでは……?
考えを巡らせ、いつの間にか無言になった私の目の前でジェーンは嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、やっぱり悔しいんじゃない」
彼女はこの『間』を自分に都合よく解釈したようだ。
本当にこの時間がとてつもなく無駄だと思える。
「……好きに解釈するといいわ。どうせ何を言っても貴女は私の言葉を素直に聞き入れないでしょう?」
「貴女って本当に可愛くないわね。いつもスカした表情で格好つけて。だから新しい婚約者も決まらないのよ」
それは一度目の人生の時から同じ理由だ。リンダが邪魔しているから。
だが、お陰で私はこうして騎士科に入学し騎士になる為に精進出来ている。
「騎士になるのに可愛さは必要ないし、結婚相手も必要ない── と言っても貴女には私のその態度も気に入らないのでしょう? そんなに気に入らない相手なら、わざわざこんな所まで会いに来る理由は何? ただ、ドレスを自慢したかっただけ? 私が『悔しい』と泣けば気が済むの? なら、言って。どうにかして泣いてあげるから」
妙に突っかかるジェーンに嫌気が差していた私は、思わず全てを口にしてから『あ……しまった』と後悔した。また面倒くさいことになる……と。
するとさっきまで笑っていたジェーンの顔がみるみる歪む。握りしめた手は小さく震えていた。
「……貴女なんて大嫌いよ。お父様に愛されているのは私なのに、十年も娘として認めて貰えなかったわ。貴女が十年、ここでのうのうとお父様の娘として過ごしていた間、私には父親がいなかった。どうして私にはお父様が居ないのって何度お母様に尋ねても、ちゃんとした答えをもらえることは無かった── 貴女と貴女の母親のせいよ! 私が十年も寂しい思いをしなくちゃならなかったのは、全て貴女のせい! 貴女達がいなければ、ここで家族仲良く暮らしていたのは私なの!」
ジェーンの言っていることはめちゃくちゃだ。だが、彼女が私を目の敵にしている理由がやっと分かった。
『お前さえいなければ、その立場は私のものだった』と彼女はそう言いたいのだろう。
── んなわけない。たとえジェーン達が父と血の繋がりがあろうとも養子には違いないし、ジェーンがここに来るまでの十年を私と取り替えることも出来ない。
……だから、私の持ち物全てを欲しがるのか。納得すると同時に呆れた。
「そんな『たら、れば』を考えても無意味だわ。もういいじゃない。念願の娘になれたんだし、私のことは無視すれば」
呆れたように言葉を口にした私の態度はジェーンの機嫌をますます損ねた。
「無視はしないわ。だって貴女が私の代わりに受けたお父様の愛を取り戻さなきゃならないもの。それを貴女に見せつけなきゃ気が済まない」
「……お父様の愛など貰ったことはないわ。ずっと、今まで」
そう私が口にすると、ジェーンは途端に笑顔になった。
「確かにね。貴女はずっとお父様に愛されていない。ついでに言えば貴女のお母様もね。でも貴女かここでフロスト伯爵家のお嬢様として優雅に過ごしていた事実は消えない。── 全てを私の手に取り戻さなきゃ。でしょう?」
ジェーンは出自に随分とコンプレックスがあるようだ。結局伯爵家の令嬢として過ごしていた私が許せない……ということらしい。
私の後ろでマチルダが怒り出しそうな気配を感じる。なんとか我慢しているようだが。
── そんな時だった。メイドが慌てた様子でテラスへと飛び込んて来た。
「た、大変です! ド、ドレスが、ドレスが── !」
慌てすぎていて、何を伝えたいのか要領を得ない。
私はとりあえず「落ち着いて」とメイドに声をかけるしか無かった。
「な、何? 何? 何なのこれは?」
私は横に突っ立っていたジェームズのシャツの肘を無意識に摘んでいた。
慌ててテラスに飛び込んで来たメイドの言い分はこうだ。
『ドレス、ドレスが……ドレスが届いて。その……殿下の、ドレスが……』
息も絶え絶え。彼女の言葉を要約すると『殿下のドレスが我が家に届いた』になるのだが、要約したところでさっぱり意味が分からない。
殿下のドレスって何? 殿下はドレスは着ないはずだし。
結局、私はメイドに腕を引かれるようにテラスから連れ出されると、玄関ホールへやって来た。
マチルダもジェーンもそれに続く。
そこには目を丸くしたまま突っ立っているジェームズと、ゾロゾロと大小の箱を持って現れた見知らぬ従者やメイド達が玄関ホールに所狭しと並んでいた。
「俺が知るか! とりあえず……お前宛てだということしか分かっていない」
「私宛て? 何が? 誰から?」
私の頭の中は疑問符だらけで、次々と質問するが、ジェームズは苦虫を噛み潰したような表情で「殿下からだと」と一言だけ簡潔に言った。
全ての従者とメイドが玄関ホールへと入り、一人の従者が一歩前へと踏み出した。
「お騒がせして申し訳ございません。私はゼイン王太子殿下に仕えるアークロイドと申します。えっと……フロスト伯爵令嬢様」
アークロイドと名乗った従者が私の顔をしっかりと見つめる。私は彼の顔に見覚えがあった。一度目の人生、ゼイン殿下の側にいつも仕えていた側近の一人だ。
ジェームズに私宛てだと言われていたことも踏まえ、私が「はい」と返事をしようとしたその瞬間── 。
「はい! 私がジェーン·フロストです!」
満面の笑みでジェーンが手を上げて一歩前に出る。
私の隣でジェームズが「アンジェリカ宛だって言ったじゃないか」と頭を抱えていた。
まぁジェーンも私もテラスに居た為に事の顛末が理解できていない。だからジェーンを責めるのも少し可哀想だ。
アークロイド卿はジェーンを目の前にして少し眉を下げて小さく頭を下げた。
「申し訳ありません。私が用があるのはアンジェリカ殿でございまして、貴女様ではございません」
アークロイド卿はそう言うとにっこりと微笑んで私に視線を戻した。
しかし、一歩前に出たジェーンは引っ込みがつかなくなったのか、握りしめた手を少し震わせながらアークロイド卿に突っかかる。
「どうしてアンジェリカなの? フロスト家の娘に用があるなら、私だって構わないはずだわ!」
その言葉にアークロイド卿は驚いたように目を丸くした。
「いえ、ゼイン殿下は別にフロスト家のご令嬢に御用があるわけではなく、アンジェリカ殿に御用があるので。貴女様は全く、一欠片も関係ございませんので、少しどいてくださいますか?」
アークロイド卿の言葉は丁寧で物腰も柔らかい。しかし何となくジェーンを馬鹿にして聞こえるのは何故だろう。
ジェーンの肩がフルフルと震える。
「ゼイン殿下がアンジェリカなんかに何の用よ!」
隣のジェームズが慌てたようにジェーンの肩に手をかけた。
「おい! 引っ込んでろと言われただろう! 下がれ。それ以上恥を晒すな」
アークロイド卿はその様子に憐れんだような視線を投げた。
「お話が分かる方がいてくださって良かった。それで……アンジェリカ殿」
「は、はい」
アークロイド卿がまた私ににっこりと微笑んだ。




