第6話
「最近、父さんの機嫌が超悪い」
放課後、珍しく学園の鍛錬場に姿を現したジェームズが模造剣を手入れしながらため息をついた。
「ジェーンのこと?」
ジェーンはその後ものらりくらりとゴールド伯爵家の家庭教師から逃げ続けているらしい。そのせいでどうもゴールド伯爵と父の間に見えない溝が出来始めているとか。
「それもある。それもあるが……領地経営が上手くいっていない」
ジェームズのいつになく真剣な声音に私は剣を扱う手を止めた。
「何かあったの?」
領地経営については、私は全く関与しておらず、父も私に何かを話すことはない。私にはそれを知る手段が今までなかった。
「単純に領民の高齢化が問題だな。生産性が落ちる一方だ。新たに若い人達が移住してこなきゃ、このまま領地は廃れる── って、これは父さんには内緒な。俺もこっそり帳簿を確認してるだけだから」
父はプライドが高い。ジェームズにもそういう弱みをみせることすら嫌っているようだ。一方のジェームズは次期伯爵らしく、本気で領地の未来をどうにかしようと頭を悩ませている。一度目の人生のジェームズとは大違いだ。
「だから、ゴールド伯爵家の新しい事業に一丁噛みしたいらしいんだが、ほらジェーンがあの調子だから、さ」
「うちがそれに加わることにゴールド伯爵がいい顔していないってことね」
「そういうこと。とりあえず明日から俺が強制的にジェーンを連れてゴールド伯爵家に行くことにしたんだ。だから、こうして鍛錬場に来るのはまた当分お預けってことになる」
ジェームズは諦めたように肩を竦めた。
「自分の勉強もあるのに……大変ね」
「だが、その事業に加えて貰えれば少なくとも税収は上がる。協力するのは当然さ。だが……それだけじゃなぁ。領地自体に魅力がないと……な」
そう言いながらジェームズは立ち上がる。
「ちょっと手合わせしてくれよ。最近剣もサボり気味だから、お手柔らかに頼む」
「了解。じゃあ、あっちへ行きましょう」
私達は数人の生徒が剣を合わせている広場へと向かう。
正直、私も実家が没落するのは困る。騎士になったはいいが就職に不利になるのは本末転倒だ。
私とジェームズは剣を合わせる。確かにジェームズの動きが悪い。
暫く打ち合いをしていたが── 。
カキン!
私の払ったジェームズの剣が彼の手を離れ地面に落ちた。
「うわぁ……腕が鈍っちゃったな」
ジェームズは剣を取り落とした手首をクルクルと回しながら摩っていた。
「大丈夫?」
ジェームズが手首を痛めたのかもしれない。つい力が入ってしまった私も悪かった。私はジェームズに歩み寄ると、彼の手を取った。
「平気。ちょっと捻っただけだ」
「冷やす?」
そんなことを話していると、背後に人の気配を感じ、私は素早く振り向いた。
「おっ……と」
「あ、す、すみません」
勢い良く振り返った先にはゼイン殿下が。しかも思ったよりも彼の立つ位置が近く、私を見下ろすゼイン殿下の顔がすぐそばにあった。私は慌てて一歩下がると、頭を下げる。同時にジェームズも頭を下げた。
「ゼイン殿下、この前はありがとうございました」
ジェームズが殿下に礼を述べる。その時、この前意識を失った私を運んでくれたのがゼイン殿下だったことを思い出した。私も再度深く頭を下げる。
「この度は大変ご迷惑をおかけして── 」
「もう体調はいいのか?」
ゼイン殿下に尋ねられ、私はサッと頭を上げた。
「はい。おかげさまで、今はすっかり良くなりました」
やっと礼を言うことが出来たと私は内心ホッとしていた。
「……顔色も良さそうて安心した」
ゼイン殿下がほんの少し口角を上げた。
── 喜んでる? 何故?
私は曖昧に微笑んだ。ゼイン殿下が喜んでいる意味が分からない。
「もうすぐデビュタントだろう? しっかり休んで体調を整えろ」
「は? へ?」
珍妙な声を出してしまったが、私の頭の中は疑問符でいっぱいだから仕方ない。
何故今デビュタントの話? と。
ゼイン殿下は言いたいことだけ言うと、その場を去った。
私は首を捻りながらもその背中を見送る。
「この前お前が倒れた時も思ったが……お前とゼイン殿下ってそんなに親しいのか?」
気づけばジェームズが私の隣に立ち、同じように首を傾げている。しかしその顔は何故か不快そうだ。
「親しいなんて、そんなことあるわけ無いじゃない。前にも言った通り何故か時々こうして鍛錬場で挨拶したりアドバイスを頂いたりすることはあるけど……」
私にはそれすら「何故?」と首を傾げたくなる状況であるのに、私が倒れた時のことも今のデビュタントの件も、全くもって理解ができない。
殿下に絡まれることで周りからやっかまれるなんてマイナスでしかないのだけれど。
騎士科では女生徒が珍しいから気にかけてくださっているのかしら?
いや……他にも数名の女生徒は居る。何故私だけ── そう思わなくはないが、私はそこで深く考えることを止めた。
「じゃあ何故──」
「理由は知らない。ただの気まぐれじゃないかしら?」
私はジェームズの言葉を遮って続けた。
「それより手首、校医の先生に診てもらう?」
「いや、別に大したことないよ。もう痛くないし。── それよりデビュタントのことだけど……」
「あら、貴方もそのことが気になるの? 前にも言ったでしょう? 参加しないって」
「だから何故? 招待状は届いてるし、あれは半ば強制──」
「招待状は……失くしちゃった! それに着ていくドレスもないしね」
私は自分で捨てた招待状を思い出しながら肩を竦めた。嘘も方便。しかし、ドレスが無いことは確かだ。
ジェーンは随分と前から張り切ってドレスを用意していたみたいだが、父が私に『ドレスは必要か』など尋ねてきた記憶もない。
「── ドレスがあれば行くのか?」
「だから、招待状がないってば。ほら、無駄話は終わり! もう手首が痛くないなら、もう一戦やっとく?」
私は地面に落ちたジェームズの剣を拾い上げると、彼に差し出した。
ジェームズは小さくため息をついて、その剣を受け取った。
「よし、やるか。……今度こそ手加減をしてくれよ?」
ニヤリと笑うジェームズに私もつい吹き出してしまった。
「アンジェリカ様、単刀直入にお伺いします。騎士科のアダム·レイバンとはどのような人物ですの?」
私はミルナ様とカフェで向かい合いながらお茶を楽しんでいた。ミルナ様から改めて話がある── そう言われたのは昨日のことだ。
「アダム? えっと……そうですね。剣の腕は確かですが、些か御頭の方が……。ただ、気の良い男であることは間違いありません。一度決めたことはやり通す一本筋の通った人間だと思いますけど」
アダムは単細胞だが、こうと決めたらブレずに真っ直ぐ突き進む。ある意味熱い男だった。
「そう……なるほどね」
そう言ったミルナ様はカップを口に運んだ。
「え? アダムが何か? もしかしてミルナ様にご迷惑を?」
そういえば、テラスでミルナ様と偶然出会った時にアダムの様子がおかしかったことを思い出す。
あの日、午後の授業をサボったアダム。結局翌日はいつも通り学園に登校していたお陰で、そのことをすっかり失念していた。
「実は……求婚されたの」
「きゅ、求婚!?」
驚いていた私は目を見開く。そんな私の様子にミルナ様はほんの少しだけ困ったように微笑んだ。




