第5話
「ただいま戻り── 」
「酷い! もう知らない!」
結局、午後からの授業の間中ゆっくりと眠った私は、ジェームズと共に屋敷へと戻ってきた。
アッシャー殿下のことは考えても考えても答えが出るものではない。なるべく学園で出会わないようにしたい──そう思うが、そのための妙案も思い浮かばない。
ただ、テラスに訪れるのは稀だという話を聞いたので、今日がたまたま運が悪かった、とも言える。
入学して鍛錬場に出向かなかった日は少ない。今日は体調を考慮したことにより、ジェームズと早めに屋敷に戻ることになったのだが── 。
私とジェームズが玄関ホールへ入る。マチルダが出迎えてくれる中、ジェーンの大きなヒステリックな声と共に、弾かれたように応接室から出てきたジェーンと目が合ってしまった。
あぁ……これがあるからあまり早く屋敷に戻ってきたくなかったのだったと、彼女の顔を見て思い出した。
鍛錬場に行くのはもちろん剣の練習の為だが、こうしてジェーンとの接触をなるべく少なくする目的もある。
アッシャー殿下の事があって、すっかり失念していたが。
ジェーンはキッ! と私を睨むと、肩を怒らせながらズカズカとこちらに向かってくる。
(面倒くさいことになりそう……)
私は思わず身構えたが、ジェーンはそのまま私とジェームズの間を勢い良く通り抜けて行く。ちなみにドン! と私の肩にぶつかりながら。
身構えていた私はその衝撃にふらつくことなく、意気揚々と私にぶつかったジェーンの姿を見送る。彼女はそのまま玄関を飛び出して行った。
「またか……」
ジェームズが苦々しく呟いた。そのまま私と目が合うと、ジェームズが口を開く。
「最近── 」
別にジェーンの虫の居所が悪い理由など知りたくはないのだが……そう思っていると、応接室の扉からロバートが疲れた顔で出てくるのが見えた。
久しぶりにロバートに会ったが、随分と大人びたように見える。
それもそのはず。彼はもう十八歳。この国では立派に成人として認められる歳だ。
私達と入れ替わるように学園を卒業た彼は、ゴールド伯爵と共に領地経営に奮闘中だ。
「── やぁ、ジェームズ、アンジェリカ。おかえり」
ロバートは少し口角を上げて微笑むと、小さく右手を上げた。
「また、ジェーンの癇癪か?」
こちらに向かってくるロバートにジェームズが尋ねた。
『また』ということはこの状況は特に珍しいことでもないのだろう。
「まぁ……ね。ほら、ジェーンの試験の状況が思わしくなかっただろう? 母がそれを気にしていてね。ゴールド伯爵家に嫁ぐのだから、ある程度の成績で卒業して欲しいと」
ロバートが私に説明するように話す。
ロバートのお母様であるゴールド伯爵夫人は厳格な人だ。その厳しさは実の息子であるロバートにも子どもの頃から向けられ、彼がお祖母様を避難場所にしていた程であることは、私も理解していたし、今ではジェームズもそれを知るところだ。
まぁ、理解していないのはジェーンだけといったところだろう。
「確かにジェーンは既に学園の授業にもついていけていない」
そのジェームズの言葉に私は彼の顔を見た。それは知らなかった事実だ。……というか興味もなかった。
確かに一度目の人生でも課題は私の物を全て丸写し、試験においても私がヤマを張ってその要点だけを集中して覚えることで一定の成績をキープしていたジェーンだ。
淑女科に私がいない今、それはとても難しいことだろう。
今回のジェーンの試験の成績が悪かったことは初耳だが。
「ジェーンは成績が── 」
私が口を開くと、ジェームズは眉根をグッと寄せて困った顔をした。
「まぁな。俺が言うのも何だが……悲惨な結果だ」
騎士科と淑女科は校舎が違う。全くジェーンの噂など耳に入らないから、気にもしていなかったが、その結果は当然だと思えた。
その続きをロバートが補う。
「それで、僕がお世話になった家庭教師に勉強を見てもらうことになったんだけど……ジェーンがそれをサボり気味でね。家庭教師がゴールド伯爵家で待ちぼうけを食らうことが多くなったから、こうして僕が注意をしに来たわけだけど── 」
「それにへそを曲げて出て行った……ってわけね」
私は納得したように頷いた。
「その通り。まぁ、それ以外にも最近喧嘩が多くてね、少し疲れてしまったよ」
そう言ってため息をついたロバートは本当に疲れているように見えた。
「ロバート、顔色が悪くない? 大丈夫?」
意識を失って午後の授業を丸っと受けなかった私が言うのも何だが、ロバートの様子が気になった。
「あぁ、これか」
ロバートは苦笑しながら自分の頬を撫でる。
「実は新規事業を立ち上げることになってね。それで連日忙しく動いているんだ。それに重なってジェーンの問題が── 」
そこまで言ってロバートはバツが悪そうな顔でジェームズをチラリと見て言葉を切った。
「気にするな。俺も最近のジェーンの態度には思うところがある。俺からも注意しておくよ」
ジェームズは何度かポツリと漏らしたことがある。『ジェーンは変わってしまった』と。
彼の中では家族三人で慎ましやかでも穏やかに過ごしていた日々の想い出がある。その時は素直だったジェーン……。ジェームズも色んな思いがあるのだろう。
「すまんな、ジェームズ」
そう言ったロバートは胸ポケットから懐中時計を取り出し時刻を確認する。
「あぁ、そろそろ戻らなきゃ。これから新たな取引き先と会食があるんだ。じゃあ」
ロバートは私達に挨拶すると足早に玄関の扉を出て行った。




