第3話
お茶を飲んで口の中のサンドイッチを喉へと流し込む。……と、むせた。
「ゴホッ! ゴホゴホッ!」
「急いで食うからだろ。ゆっくりと味わえよ、料理長が俺たちの為に腕によりをかけて作ってくれてるんだから」
学園には食堂もあるが、私もジェームズも料理長の食事が好きすぎるあまり、こうしてランチを持たせて貰っている。
そしていつも二人向かい合って昼食をとっていると必ず現れるのが── 。
「相変わらず、ほんとに仲がいいな」
アダムだ。彼は食堂で勢い良く昼食を平らげたあと、必ずと言っていいほど私達の元へと顔を出す。
アダムはそう言いながら笑うと、ドッカリとジェームズの横へ腰を下ろした。
「一ついただき!」
サンドイッチを横から伸びたアダムの手がパッと掴んだ。ジェームズが「あっ!」と声を漏らす。
「もう昼食は食べたんでしょう?」
「二人前食べたんだけどな、まだ足りない」
何だかんだ騎士科に入学してからというもの、この三人でつるむことが多くなった。
騎士科の一年は二十人。その内女生徒は私を含め三人だ。後の二人は元々の仲なのかいつも一緒にいるようで、さすがにその間に入り込む勇気はない。
「あら? アンジェリカ様?」
私達の横を通り過ぎる女生徒の集団の中から声がかかる。
「ミルナ様!」
ミルナ様は有言実行、普通科に入学して今や三年生だ。しかも成績はトップクラス。才女として学園でも有名だ。
「なかなか学園ではお会いしなかったけど、フフフ。何だか嬉しいわ」
彼女はミルクティーベージュの長い髪を耳にかけて微笑んだ。
ミルナ様とはあれからとても仲良くなり週に一度はお茶会を開いている。
つい先日彼女から聞いた話が婚約解消の話題だったものだから、私は密かに心配をしていたのだが……今の彼女の笑顔を見るに私の杞憂だったようだ。
私は先日の彼女との会話を思い出していた。
◆◇◆◇◆◇
「えぇっ!? 婚約解消!?」
「シーッ! 声が大きいわよ」
ミルナ様が苦笑いしながら、自身の唇に人差し指そっとあてた。
私は慌てて自分の口を手のひらで覆うと、周り反応をキョロキョロと窺う。……良かった、皆自分達の会話に夢中なようだ。
昼下がりのカフェは多くの人で賑わっている。誰も私達の姦しい会話には興味がないらしい。
「で、でもどうして?」
声のボリュームを絞って、私は尋ねた。動揺が隠しきれない。
「そうねぇ……強いて言うならあちらが『欲を出してきた』ということかしら。子どもの頃はオドオドしていて私の言うことを素直に聞く良い人だったんだけど、ここに来て『自分が伯爵となるんだから、実権も自分のものだ』なんて言い出して……先が思いやられるんですもの。今のうちに切る方が得策だと思えたの」
優雅にカップを口に運ぶミルナ様に私は恐る恐る尋ねた。
「それで……向こうはそれで納得してくれたの?」
するとミルナ様の切れ長の目がスッと細められた。
「今まであちらの事業を随分と手助けしてあげてたのに、色々とゴチャゴチャ言ってきたけど、ちゃんと片付けたわ」
何となくミルナ様の声音には不快感が漂っていた。
「何かありました?」
「ウフフ。相手の弱みは握っておくに越したことはない……とだけ言っておくわ。どこでそれを使うかはその時次第だけど、お陰であちらの有責として婚約解消させてもらえたし」
内容ははっきりと口にしないが、きっとミルナ様の元婚約者は何かを『やらかした』のだろう。彼女と知り合って早五年。その時から芯の通った強い女性だったが、今はそれに磨きがかかったようだった。
◆◇◆◇◆◇
ただその後風の噂で聞いたのは、元婚約者の浮気が原因だという話。
そのことで彼女が傷ついていなければいいが── そうチラリと思った自分が居たが──うん、大丈夫そうだ。
「ジェームズ様もお久しぶりね」
ミルナ様は私の向かいに座るジェームズにも声をかけた。
「あぁ。ミルナ様も相変わらず元気そうだな」
ミルナ様はジェームズとは私を通じて会話を交わす仲となったが、ジェーンとは馬が合わないのか、今ではほとんど交流はない。
「じゃあ、アンジェリカ。またね」
「ええ、また」
お互いにヒラヒラと手を振って会話を終える。ミルナ様は先ほどの女生徒の集団を追いかけるように足早に去っていった。
私はミルナ様を見送った後、向かいの二人に視線を移す。
ジェームズは呑気にお茶を飲んでいたが── 。
「アダム? アダム、どうしたの?」
アダムは今だにミルナ様が去っていったその先を見つめ続けていた。
私の声にアダムは勢い良く振り返る。
「アンジェリカ! あの美人は誰だ?」
ズイッとアダムが私との距離を詰める。ジェームズはアダムの肩を掴むと、私から引き剥がした。
「顔が近い」
「そんなことはどうでもいいんだよ! アンジェリカ、彼女の名は?」
アダムの目の色が変わっている。若干怖い。
「え、えっと……彼女はミルナ様。クラエス伯爵のご長女よ」
私はアダムの様子と勢いに顔を引き攣らせつつ答える。
その答えにアダムは何度も何度も「ミルナ、ミルナ·クラエス……」と呪文のように繰り返している。やっぱり何だか怖い。
「で、彼女は婚約者が決まっているのか?」
学園に入学している生徒のほとんどは婚約者が決まっている。例外が私達三人というわけだが、ミルナ様もつい最近この例外の仲間入りだ。
「今はいらっしゃらないわ」
つい『今は』と言ってしまって、私は後悔した。別に婚約解消したことをミルナ様が隠しているわけではないが、勝手に口にしてしまって申し訳ない。
しかしアダムはそんな細かいことは耳に入っていないようだ。
「いない!? そうか! いないのか!」
そう大きな声でアダムは言うと、いきなり立ち上がった。
「アンジェリカ、ジェームズ、悪い! 俺、午後から授業休むわ!」
全然申し訳なさそうな顔じゃないが、アダムは片手を『ごめん』といった風に顔の前に翳した。
「え? 何でだよ!?」
ジェームズも困惑している。もちろん私も。
「先生には腹痛とでも言っておいてくれよ! じゃあ!」
アダムはそう言い残すと風のように去っていった。
私達は呆気に取られて揃ってポカンと口を開けて彼の大きな背を見送る。
「何なんだ? あれ」
「さ……さぁ?」
私は軽く首を傾げたが、それに対する答えはもちろん持っていない。
「まぁ……あいつはよくわかんないけど、とりあえずそろそろ昼休みが終わる。さぁ、教室に戻ろう」
ジェームズはテーブルの上を片付け始める。私はゴミを集めると「捨ててくるわ」とジェームズへ声をかけた。
テラスの隅にあるゴミ箱へと向かう。── その時だった。
ドンッ!
一人の女生徒が私の背にぶつかった。その拍子に私の手からゴミがパラパラと床に散らばる。
私はそれを拾うためにサッとしゃがみ込んだ。
「ほら、ミーガン。前を見て歩かないと危ないじゃないか」
一人の男子生徒が苦笑いしながらそう女生徒に注意した。
その声に何故か一瞬で鳥肌が立つ。
「あ! ごめんなさい!」
ミーガンと呼ばれていた女生徒が私にぶつかった張本人なのだろう。しかし、私はゴミを拾う手が固まったように動かなくなる。胸が苦しくて、上手く息ができない。
「君、大丈夫かい? どこか痛いところはない?」
その声が近づいてくる。逃げなきゃ── そう思うが、体が石のようになって動けない。
床に散らばったゴミはあと一つ。あれを拾って早くこの場を立ち去りたい。そう思うのに冷や汗が止まらない。
すると目の前にすっと手が伸びてきて、最後のゴミを拾い上げると私へと差し出した。
「はい。ごめんね、僕の連れが迷惑をかけて」
私は反射的に顔を上げた。その声の主と目が合った途端に、心臓がドクン! と嫌な音を立てる。
「ア、アッシャー殿下……」
私は無意識にその名を口にした。そしてそのまま目の前が真っ白に塗りつぶされていく。
水滴の滴る音、カビ臭い臭い……そして磨かれた革靴。
まるで一瞬にしてあの最期の場に戻ったように新鮮に全てが思い出された。
怖い、怖い、怖い── 。
胸が押しつぶされそうに苦しくなる。私は無意識にギュッと胸元を掴むが、全く動悸が治まらない。
逃げたい!
そう心は叫んでいるが、動けなくなった私はそのまま意識を手放した。




