第22話
ジェームズは繰り返し冷やした布切れを私の頬にあてる。
その手をふと眺めると、ジェームズの手のひらにマメが出来ているのが目に入った。
「ジェームズ? 手にマメが── 」
その言葉にビクッとしたジェームズは手のひらを隠すようにギュッと手を握りしめた。
──怪しい。
「どうして手のひらにマメが出来てるの?それってまるで──」
そのマメのでき方には見覚えがある。
「まるで──剣を握った時にできるものみたい」
ジェームズは私から視線を反らすように俯いた。
静かな書庫がより一層シンッと静まりかえる。お互い無言の時間が続いたが、ジェームズが観念したように口を開いた。
「ハァ……お前の言う通りだよ。剣の練習をしてるんだ」
「ジェームズが? どうして?」
単純に疑問だった。まぁ……男子たるもの剣の練習を必須にしている家門もあると聞くが、うちにはそんな家訓はない。父が剣を扱っている姿なんて今まで一度も見たことがない。
「どうしてって……別にいいだろ!」
ジェームズはそう言って口を尖らせた。秘密にされると気になるのが人間の性。
「え! 教えてよ。だって……剣なら私もレイに習ってるんだし。ジェームズも?ジェームズもレイに教わっているの?」
「お、俺はサモンに教えてもらってる。……って別に関係ないだろ、お前には」
「どうして? せっかくなら手合わせもしたいし── 」
「い、い、嫌だよ。お前よりずっと後から始めたんだ。……女に負けるなんて、格好悪いし」
ジェームズの声が段々と小さくなる。そんなことを気にしていたのか。男って変なプライドがあるんだな……そう思っていると。ポツリとジェームズが言葉を漏らした。
「実はちょっと前に婚約者候補っていう奴に会ったんだ」
うん? それは初めて聞く話だ。
「イザード伯爵のご令嬢だったかしら?」
「さぁ? 名前も忘れた。騙し討ちみたいな感じで連れて行かれた先にそいつがいたんだ」
『そいつ』って……この分だと顔合わせは上手くいかなかったのね、きっと。
「それで? 話はまとまったの?」
「いや、断った」
ジェームズは言葉少なにそう言うと、布切れをポンと桶に放った。
「どうして?」
「……今はそんな気分じゃないから」
さすがにそれはわがまま過ぎやしないだろうか? いや、私が口をは挟む権利はないのだが。
「それでお父様と言い合いに?」
「……それだけじゃない。俺も騎士科へ入学したいって言ったら怒られた」
「そりゃそうでしょ……」
ジェームズはフロストの領地を守らなければならない。猫の額程の土地であってもそこには領民がいて、彼らの暮らしがある。
私が呆れたようにそう言うと、ジェームズは不服そうに私に視線を寄越した。
「お前は許されるのに? なんで俺はダメなんだよ」
「だってジェームズ……貴方は次期フロスト伯爵よ? 領地経営のことを考えたら普通科への入学が── 」
「別に領地経営は家庭教師から学んだっていいだろ!」
「それなら剣だって騎士科に入らずとも学べるわ」
思わず言い合いになる。……せっかくジェームズと話す機会を得たのに。
「ごめん。私が口を挟むことじゃないわよね」
別にジェームズと仲違いしたいわけじゃない。私は素直に謝罪を口にした。
「いや……俺の方こそごめん。分かってるんだ、お前の言いたいことも、父さんの言い分も」
「じゃあ……何故騎士科に?」
その言葉にジェームズは顔を赤くして俯いた。……? どうしたのだろう。
「お、お前がし、し、心配だから」
物凄く小さな声でジェームズは顔を上げずにそう言うと、いきなり桶を持って立ち上がった。
「赤みも消えたし、もう冷やさなくてもいいよな! じゃあ!」
ジェームズはそれだけ言うとさっさと書庫を出ていく。
私はその背をポカンとしながら見送った。
心配? 私のことが?
ジェームズがどうしてそう思うのかが分からない。
しかしはっきりしたことが一つだけある。
あぁ、だから父は私にジェームズとジェーンに近づくなと言ったのだ。私が二人に悪影響を与えている── そう思われたのだと妙に納得がいった。




