第18話
夕食時、ジェーンはイライラしていた。
「二人はまだ帰ってこないの?」
リンダに尋ねるジェーンの表情は何となく不満そうだった。何だかんだ甘やかしてくれる父が居る方が居心地が良いのだろう。
「気になるなら貴女も行けば良かったのに。きっとジェーンが顔を見せたらロバート様も喜んでくれたと思うわよ」
ロバートとジェーンの間に溝が出来たことをリンダもジェーンも私のせいだと思っている。
もちろん二人ともジェーンのわがままが原因だとは全く思っていない。
ジェーンはチラリと私に視線を寄越すと、露骨にため息をついた。
「誰かさんのせいで喧嘩したままだもの……顔を出し難いわ。それに、私から謝るのも何だが癪だし……」
「ロバート様は誤解しているだけよ。ジェーンとまたゆっくりと話せば仲直りできるわ」
すると今度はリンダの視線が突き刺さる。
「アンジェリカ。ロバートへの未練は捨ててちょうだいね。妹の婚約者と必要以上に接点を持たないように」
今は騎士になるという目標がある。ロバートと結婚して長生きするという道は諦めた。
未練などないが、私達には五年という共に過ごした年月がある。友人ぐらいには思っているのだが、それも許されないらしい。
「もちろん弁えておりますし、元々政略結婚の相手であっただけです。今ではただの幼馴染としか── 」
「じゃあ何故あの時ロバートは私を怒ったのよ!」
……またこの話だ。何度繰り返せば気が済むのだろう。
「それはロバート様にお尋ねください。私には分かりかねます。何度もそうお話したと思いますが」
私の答えにまたイライラしたのか、ジェーンはガチャっと大きな音を立ててフォークを置いた。
「貴女の言うことなんて信じられない。仲直り出来なかったら責任取ってもらうから!」
責任って……どうやって? そう問い返すのも馬鹿馬鹿しく、私は黙って食事を終えた。
「明日も朝から鍛錬がありますので休ませていただきます」
もうこの食卓に座っているだけでも苦痛だ。私が立ち上がるとジェーンが馬鹿にしたような視線を向ける。
「相変わらず野蛮ね。腕が太くなったんじゃない? その髪と相まって全くドレスが似合わなくなっちゃって。私なら耐えられない」
そう言って彼女はクスクスと笑う。
「私が忙しくしている方が安心なのではないですか? 必要以上にロバート様と接触しないためにも。では、失礼」
私はにっこりと笑って食堂を後にする。背後では ジェーンの舌打ちが聞こえたが、私は振り返らない。……もうこの二人の相手は十分だろう。
そしてその夜も更けた頃── 。
「あ……おかえりなさい」
喉が渇いた……そう思った私が水を貰うために階下へ降りると、ジェームズに出会った。
どうやら帰宅したばかりのようだが、父の姿は既になかった。
もう父もジェームズも今日は帰って来ないのだと思っていたところだ。夜も遅い。きっと何処かで宿泊してくるのだろう、と。
ジェームズは私の声にハッとしたが、プイッと顔を反らす。
「……? ジェームズ? 疲れてるの?」
不機嫌そうなジェームズに思わず近づいたが、彼はそんな私に顔を向けることなく「別に」と言って、そのまま私から離れていく。
(え? ……何なの? 何か怒ってる?)
私はジェームズの小さくなる背中を見ながら、彼の態度の意味が分からずに首を傾げた。
避けられてる── 。
ロバートのお祖母様の葬儀からもうそろそろ二ヶ月が経とうかとしていたが、あの日からジェームズが何故か私を避けている。
「ねぇ、ジェームズ── 」
廊下ですれ違いざまに声をかけるが── 。
「ごめん、忙しいんだ」
彼はスッと顔を反らすと、スタスタと離れていく。
一度目の人生でジェームズは、ジェーンに言われるがまま私に嫌がらせをしていたが、今回の人生は違った。
「少しは仲良くできていた気がするのにな……」
味方が出来た──とまでは言わないが、誕生日プレゼントを贈ってくれたり、ダンスに誘ってくれたりと……少しは良い関係が築けているのではないかと思っていたが……。
ゴールド伯爵領で何かあったのだろうか? しかし、今のジェームズに尋ねてもきっと答えてはくれないだろう。
「……仕方ないわよね」
意地悪されないだけ良しとしよう。うん、一度目に比べればずっとマシだ。
そう思うと少し心が軽くなった。
私は気持ちを切り替えて前を向いた。
今はマチルダもレイも居る。昔は……誰も私の側には居なかったじゃないか。それに比べればどれだけ恵まれているか。
私は改めて気合いを入れた。今日から乗馬のレッスンが始まる。
剣を扱うことばかりに気持ちが向いていたが、騎士たるもの馬に乗れなければ意味がないとレイに言われて初めて気づいた。
私は馬場に向かう。既に気持ちは切り替えられていた。私は私のやるべきことをやろう。今は他のことを考えていても仕方ない。
── その日の夕食時。
「ジェームズ、そろそろお前の婚約者を決めなきゃならないのだが── 」
「まだ必要ありません」
ジェームズは皿から視線を外さぬまま、そう言い切った。
父は一瞬言葉に詰まるが、苦笑いしながらも話を続ける。
「まぁそう言うな。イザード伯爵のご令嬢なんだが──」
「ごちそうさまでした」
ジェームズはカトラリーを置くと、父の話しの途中で急に立ち上がった。皿の料理はまだ半分程残っている。
「ジェームズ、お父様がお話し中でしょう? それにまだ食事も── 」
リンダか慌ててそう声をかけたが、ジェームズは固い表情を崩さなかった。
「すみません。少し気分が悪くて」
口では謝っているが、声音は少々刺々しい。
「ジェームズ、お前はこのフロスト家を継がねばならない。結婚は義務だ」
父の言葉に、ジェームズはギュッと拳を握りしめていた。その手が微かに震えている。どうしたのだろう?
「──分かって……分かっていますが、今は何も考えられません。勉強でいっぱいいっぱいで……」
「ジェームズは最近、本当にお勉強を頑張っているんですのよ? 家庭教師もそう褒めて下さって」
リンダがジェームズをフォローするように早口でまくし立てる。
「勉強も大切だが── 」
父はそう続けるが、ジェームズはペコリと頭を下げると、一言「すみません、本当に気分が悪いんです」と短く告げ、食堂を後にした。
最近のジェームズは私を避けているだけではなく、他の三人── 父やリンダやジェーンとも距離を置いているように感じる。
ゴールド伯爵領から帰ってから……どうもジェームズの様子がおかしい。
そういえば表情も暗い気がするが、体調が悪いだけなのだろうか?
私は主の居なくなったジェームズの席に視線を向けた。
皿の上で冷めていく料理が、なんだが物悲しく私の目には映った。




