第19話 Sideジェームズ
〈ジェームズ視点〉
〈ジェームズ視点〉
「大丈夫か?」
俺は暗い顔で佇む友に声をかけた。歳は三つ違うが、彼は相手に目線を合わせられる優しい男だ。婚約者の兄という立場だが、俺は勝手に友達だと思っていた。
彼の祖母が亡くなったと聞いた時、父さんに葬儀に一緒に参列したいと頼んだ。単純にロバートが心配だったこともあったが、ジェーンが『葬儀? 私、湿っぽい場は嫌いなの。それに知らない人だし』と嫌そうな顔をしたことが一番の理由だ。
婚約者なんだから……そう言った俺に『会ったこともないし。なんならその人のせいで最近ロバートが領地から戻って来なくなったのよ? 全然会いにも来てくれないし、手紙の返事もない。そんな人の葬儀なんて御免よ』とイライラしながら言ったジェーンに頭を抱えてしまった。
母さんとジェーンと三人で暮らしていた頃は、こんなんじゃなかったのにな。
ジェーンの態度が変わったのは母さんが『結婚する』と言ってきた時からだ。
偶に顔を合わせる男が伯爵で前妻を病気で亡くしたと聞いてから……何となく言葉に出来ないモヤモヤした気持ちはあった。だが、それを口にするほどでもなくて……というか、あの時の俺は何にも考えちゃいなかった。
伯爵ってすげぇって思ってたら『次期伯爵はお前になるのよ』と母さんに言われ、ワクワクしたことを覚えている。
生まれた時から父親がいなかった。別に貧乏ってわけじゃなかったが、母さんの実家からの援助も乏しく、貴族というにはカツカツの生活だったんだと思う。まぁ、不自由ってほどでもなかったし。
だから母さんが結婚するって聞いて……ただ、ただ単純に……今より良い生活が出来るってだけだと思っていたんだ。
そして俺はジェームズ·ロイドという名前からジェームズ·フロストという名前に変わった。
ジェーンを葬儀に参列させることが出来なかった俺は、代わりといっては何だが、ゴールド伯爵領までやって来たというわけだ。
それに次期フロスト伯爵として、ゴールド伯爵家との繋がりを大切にすることは当然だと思えた。
「ジェームズ……わざわざありがとう」
ロバートは悲しそうな表情のまま、なんとか笑顔を作った。
「── 無理して笑わなくていいよ」
掛ける言葉が見つからない。俺には身近な人を見送った経験が無かった。
そこでふと思う。──アンジェリカは母親を亡くしたんだ……と。彼女のその時の心情を思うと胸が痛くなった。
「いや……いつまでもメソメソしてる場合じゃないしな。それに……こうなることは前々から覚悟してたから」
そう言うとロバートは大きく息を吐いてパッお顔を上げた。
そしてキョロキョロと視線を動かす。
「アンジェリカ……は来てないよな」
ロバートの口から出た名前はジェーンじゃなかった。
あの誕生日パーティーから……ジェーンとロバートに全く交流がないことを俺は知っている。
「あぁ。来たのは父上と……俺だけだ」
「いや、ごめん。ジェームズが来てくれただけで嬉しいよ」
それよりも……アンジェリカの名前が出たことで若干胸がモヤモヤした。
「お祖母さんときちんとお別れ出来たか?」
俺は少し慌てたように話題を変えた自分の気持ちにその時はまだ気づいていなかった。
言葉遣いを直せと言われていたのに、まだまだダメだな……なんて考えることで自分を誤魔化していたのかもしれない。
「うん。ちゃんと感謝を伝えたよ」
その時だった。誰かがロバートを呼ぶ声が聴こえる。
「そろそろ行くよ」
そんなロバートに俺は頷いて応えた。
「あ、実はアンジェリカに手紙を貰ってたんだ。僕を凄く心配してくれててね。良かったらこれを……渡してくれないか」
ロバートが胸ポケットからアンジェリカ宛の手紙を出す。
「もし今日来てくれたら……なんて思ってたんだけど、もう婚約者でもないのに……来ないよな」
ロバートの手にある手紙を俺はジッと見つめるが、手を出せなかった。
ジェーンの手紙には返事を書かなかったのに? そう思うと、俺の中の何かがその手紙を受け取ることを拒否していた。
「ジェームズ? ごめんな、こんなこと君にしか頼めなくて。出来ればジェーンには内緒にして欲しい」
あのパーティーでの出来事だけじゃなく、ジェーンがロバートを身勝手な振る舞いで困らせていることは理解していた。だけど……何故アンジェリカなんだ?
「……なんで? アンジェリカとお前はもう関係ないだろう?」
無意識に俺はそう口にしていた。ロバートが怪訝そうな顔をする。
「君には言ったじゃないか。それは僕が望んだ事では── 」
「ならばアンジェリカのことはそっとしておいてくれ!」
どうして自分がこんなにイライラしているのか分からないが、止められない。
「ジェームズ……アンジェリカも君の腹違いの姉だから心配することは分かるけど……」
「腹違い? 俺とアンジェリカに血の繋がりは── 」
「え? 君の父上はフロスト伯爵だろう?」
「それは母さんが結婚したからで……」
あぁ、言葉がどんどんと乱暴になってしまう。
「いや、違うよ。君はフロスト伯爵の実子だって……ジェーンもそう言っていたし、周りも噂程度だが……そう思ってる。……複雑な事情があるんだろうけど、アンジェリカがもしそれを君と同様に知らなかったのなら……その……黙っててあげて欲しい。彼女が傷つくのを見たくない」
頭を殴られたような衝撃に、俺は何も言えずただ、ロバートの顔を見つめていた。
その時に再度彼の名を呼ぶ声が聴こえた。
「じゃあ……僕は行くよ」
何も言わない俺にロバートは諦めたように手紙をまたポケットに仕舞うと、背を向けて走って行った。




