第18話
ミルナ様の堂々とした姿に私は胸が熱くなる。
我が家にはジェームズが居るから婿養子の可能性はないが、私も彼女のように周りに惑わされず自分の信じた道を進んでいきたいと、そう改めて強く思った。
「ミルナ様のお言葉に私もより一層気持ちが引き締まりました。これからも稽古に精進したいと思います」
「……貴女って本当に十一歳には思えないわ。逆にうんと歳上みたい」
クスクスと笑うミルナ様に私はドキリとした。彼女は中々に鋭い。
ミルナ様は笑うのを止めるとふと真顔になる。
「貴女も色々と苦労があるのでしょうね」
彼女の顔には『私も同じだ』と書いてあった。連れ子と上手くいっていない……そう言っていたことを覚えている。
「……今はただ、早く家族から離れて独り立ちしたいと願うばかりですが、まだまだ先の話です」
例えば何処かの御屋敷で護衛として働けたとしても、それは学園を卒業してから。まだあと七年はあの家に居なければならない。
学園の寮に入りたかったが、王都に屋敷がある為、それも難しい。それに……マチルダと離れたいわけじゃない。
「ジェーン様は……わがままそうですものね」
ミルナ様が何かを思い出したようにクスリと笑う。
「ミルナ様の妹君は……?」
私はジェーンの悪口に同調することを避けた。人気のカフェだ。誰に聞かれているか分からない。巡り巡ってジェーンの耳に入ればまた面倒くさいことになる。
「ソフィア……後妻の連れ子はね、身体が弱い……フリをするのが上手い子よ」
ミルナ様はそう言ってにっこり笑う。目が笑っていなくて怖い。
「フリ……ですか」
「ええ。父とは血が繋がっていないでしょう? 怖いのよ、きっと。だから何かで繋ぎ止めておきたいの」
「それで病弱なフリを?」
「そう。それなら私が結婚してあの家を継いでも無下にはされないとでも思っているんでしょうけど。……正直、鬱陶しいわ」
「そうですか……」
うちは父の不貞によりジェーンとジェームズが生まれた。ミルナ様とは立場が違う。だが……それを今ここで言っても良いのだろうか。
私がそれに気づいたのは、一度目の人生でももっと先のことだし……。
そんなことを考えていたら、ミルナ様があっさりとその悩みを解決した。
「貴女のところはあの二人共に伯爵の子なんでしょう? 貴女と同じ歳の子どもをもうけるなんて……伯爵の裏切りもそうとうなものね」
彼女はそう言いながら大きくため息をつく。私は彼女の顔を凝視したまま固まってしまった。
── 誰からそれを聞いたのだろう── と。
私のその様子にミルナ様は慌てる。
「あ、ご、ごめんなさい。もしかして……知らなかった? 何だか貴女と話していると、歳上のお姉さんとお話してるみたいな気分になっちゃって……こんなお話、辛いわよね」」
凄くバツの悪そうな顔のミルナ様に、私はゆったりと瞬きして微笑んだ。
「いえ。……そうなのかも、とは思っておりましたが、あまり父には二人とも似ていないもので、はっきりとは。ただ……どうしてミルナ様はそれを?」
「こう言っては何だけど……皆知ってるわ。だって本人達が言いふらしているんだもの」
本人達── リンダと……ジェーン? それともジェームズ? まさか父が自らの不貞を堂々と言ってのけているのだろうか?
「まさか父が── 」
「違う、違う。夫人とジェーン様よ。もちろん大っぴらに……ってわけじゃないけど、それとなく匂わせてるわ。いや……ジェーン様は結構あからさまだけどね」
そう言ってミルナ様はカッブの縁をゆっくりとなぞる。
「でも……確かにお二人ともあまり伯爵には似ていらっしゃらないわよね。夫人には良く似てるけど。特にジェーン様なんか」
「ええ。だから私も判断がつかなかったのですが。強いて言うならジェームズの髪は少し暗めの赤茶色で、それが── 」
『父に似ているかもしれません』
そう言いかけてふと気づく。
リンダを訪ねて来たあの男の髪色も父と少し似た赤茶色だった……と。
その後ミルナ様とは他愛もない話をして別れた。
これからもお互い刺激し合える関係でいようと。生まれて初めて……友と呼べる存在が出来た気がして嬉しい。
しかし── 。
私の頭の片隅に浮かんだ疑念が他の思考を奪っていく。
金の無心に来たあの男。リンダとはやけに親しげだった。貴族には見えなかったし、見覚えもない。
まさか……いや、そんな訳はない。リンダが父を騙しているなんて……そんな。
一度目の人生、あの二人が父の子ではないなんて疑ったことはなかった。似ていない親子もあるのだと。いや── 父の長い不貞の事実を知って、私はそれ以上を考えることを放棄していたのかもしれない。母を裏切っていたとしても、私を愛してくれなかったとしても……それでも父を嫌いになれなかった。──あの時の私はただ、ただ愛に飢えていたのだと思う。
でももし……今の私の考えが合っていたとしたら? 父はリンダを……あの二人をどうするのだろうか。── 離縁? だがあの二人は既に父の養子になっている。除籍にはそれ相応の理由が必要だ。そこまで考えた時、私の脳裏を掠めたのはジェームズの顔だった。
ジェームズ……。私は彼が今、領主となるべく努力を始めたことを知っている。一度目の人生、ジェームズがフロスト家を継げば、この家はどうなるのだろうと不安でしかなかったが、今の彼は変わろうとしている。
私は緩く頭を横へ振った。
今のところリンダの企み……それを確かめる術はない。十一歳の少女に何が出来るというのだろう。
真実を知るには、それなりの力が必要だ。幼い私には、まだ何も出来ない。
私は自分の手のひらをそっと開いて眺めた。
手には剣で出来た豆が所々潰れている。パッとこの手のひらを見て、誰が貴族令嬢の手だと思うだろう。
私の目的はとにかく長生きすることだ。騎士になり、王宮侍女として生きることを回避したい。── ただ、実家が没落するのは困る。良い就職先を失うことに繋がりかねない。
強くならなければ。それが私の長生きを後押ししてくれるだろう。私はギュッと手を握りしめた。
リンダのことはとりあえず置いておこう。大人になって……それなりの地位を手に入れた時に考えればいい。── もしフロスト家に仇をなすようであれば……それは対応が必要になるだろうが。
気づけば馬車は屋敷へと到着していた。
「お嬢様着きましたよ」
御者からの声に我に返る。扉を開けるとレイがそこで待っていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま。今日の門番はレイなのね」
私は差し出されたレイの手を取る。私の手に触れたレイの顔が少し曇った。
「どうしたの?」
私の言葉にレイは少しだけ辛そうに笑う。
「お嬢様の手── 」
きっとマメだらけの私の手のひらのことを言っているのだろう。レイがそんな顔をする必要はないのに。
「フフフ。これは私の努力の結晶よ。── レイ見てて。私はきっと立派な騎士になるわ」
「お嬢様……」
私はレイの手を借りて馬車を降りると背をピンと伸ばした。私もミルナ様と同じように強くありたい。
私はレイの手を離すと彼に向かってにっこりと笑った。
「明日からもまた稽古頑張るから」
「畏まりました」
レイはほんの少し複雑そうな顔をしながらも胸に手を当て私に深々と頭を下げた。




