第17話
その一週間後だった。ロバートのお祖母様が亡くなったと聞いたのは。
ロバートのことを思うと、胸が痛い。彼がどれだけお祖母様に慰められてきたのかを知っていたからだ。
私の立場では葬儀に参列するのは難しい。でもジェーンなら……そう思っていたが、彼女はそれを言い出す素振りを今のところ見せていなかった。
「お父様はご葬儀に向かわれたのね」
午前の剣の稽古の後、マチルダに父の不在を聞いた私はそう頷いた。そしてその言葉に続けて──
「で、ジェーンは? お父様と一緒に?」
しかしマチルダの答えはやはりと言うべきか「ジェーン様はご一緒されておりません。もちろんリンダ奥様も」だった。
「そう……まぁ、それをお父様がお許しになっているのなら」
まぁ、孫の婚約者なら参列しなくても問題ないのかもしれないが。
「あ、でもジェームズ様が旦那様とご一緒したそうです」
ゴールド伯爵領は王都から然程離れてはいない。二人は今日中にこちらへ帰ってくるのかもしれない。
しかし……二度目の人生、ジェームズはまるで人が変わったようだ。前の人生ではジェーンとリンダの言いなりだったし、自分の頭では何も考えず流されるままだった。
最近はお父様にお願いして家庭教師を付けて貰ったと聞く。ちなみに私の家庭教師は今もマチルダだ。最近は剣の鍛錬ばかりでマチルダからの視線は痛い。
それに引き換えジェーンは── 今だ家庭教師を付けていない。いや、それだと語弊がある。家庭教師を付けたのだが三日と保たずにジェーンが勉強を嫌になった為解雇された……それが正しい。
それからというものジェーンは『学園に入学したらきちんとお勉強するわ』と何もしていない。
一応、ここに来る前にマナーは一通り学んでいるようだが、それだけだ。
リンダも『女の幸せは結婚。婚約者のいるジェーンに過度な勉強は必要ない』との方針らしい。── そんなジェーンが伯爵夫人になるなんて……ゴールド伯爵家も貧乏くじだ。
私は稽古で汗をかいた身体で部屋へと戻ろうと階段を上がる。今日はミルナ様と約束があるのでサッと湯浴みをして着替えなければならない。
私は急ぎ足で部屋へと戻る途中でふと思い出した。
「あ……レイに午後の稽古は休みって言い忘れてたわ」
別にマチルダに頼めば済む話だとは思ったが、今すぐ戻れば、まだレイはあの場所に居るだろう。私は今来た道を急いで引き返す。
すると── 。
「屋敷には来ないでと言ったわよね?」
少し怒ったようなリンダの声が聞こえてきた。裏庭からだ。
私は無意識に物陰に身を潜めると、その声に耳をそば立てた。
「今日は旦那が居ないから会いたいと言ったのはお前の方だろ?」
「私から出向くと書いてあったでしょう?」
二人の会話に不穏な空気を感じ取る。心拍数が跳ね上がり、胸がざわついた。
姿は確認できないが、男の声は一週間前に聞いたものと同じように聴こえる。
二人の関係は分からない── が、今の会話から推測するに、誕生日パーティーの時と同じく男は父の不在を狙ってここに現れているようだ。つまりは父にはバレてはいけない存在だということ。
「金が必要なんだよ」
「またギャンブル? いい加減にしてよね。あまりもう融通出来ないわ。最近……金遣いが荒いと注意されてるの。それを改めて話そうと思っていたのよ」
リンダが色々と散財しているらしいとジェームズに聞いていた。それに父が難色を示していることも。もしや……この男も原因の一端?
「次は別の投資話しだ。分かってるって、次は必ず儲けることが出来るから」
クシャッと紙に握りしめた音が微かに聴こえる。またリンダが男に金を渡したのだろう。砂を踏みしめる音が聞こえ、男が「またな」とリンダに声をかけているのが聞こえた。
二人の関係が気になる。今ならあの男の後を追いかけて行くことが出来るのではないか── 身体が無意識に動き出しそうになって、思い留まった。
ダメだ。これからミルナ様と約束がある。それに── 私の目標はあくまでも長生き。それ以上でもそれ以下でもない。私は二人の間柄の詮索を諦めた。
足音が遠ざかる。
私はリンダに見つからないようにその場をそっと離れると、レイの元へと急いだ。
「── 様、アンジェリカ様?」
名を呼ぶ声にハッとなった私は、咄嗟に笑顔を作った。
「ミルナ様、申し訳ありません、ちょっとボーッとしておりました」
彼女から誘いを受けた私は、王都のとあるカフェに来ていた。
一度目の人生ではこうして誰かとカフェでお茶を飲むことなどなかったというのに。友達が出来たようで少しウキウキしてしまう。
しかし話の途中でありながら、私はつい先ほど見かけたリンダとあの男のことをいつの間にか考え込んでいたようだ。
ミルナ様はそんな私の様子に少し苦笑している。
「剣のお稽古でお疲れなのでは? でも……驚いたわ。まさか騎士になりたいなんて。どうりでその髪……でもとても似合ってる」
ここでの会話で騎士科に入学するつもりだと話したばかりだ。彼女が私がボーッとしていた理由を勘違いしてくれて助かった。
ちなみにミルナ様は普通科に入学する予定だと私に話してくれた。
彼女は婿をとりクラエス伯爵を継ぐつもりなのだとそう語った。婿はあくまで爵位を継ぐ道具に過ぎないと。実権は自分が握るつもりだと力強く言っていた。
私はそれを聞いてとても驚いた。我が国は所謂男尊女卑が基本。家長となるのは男性で女性はそれに付き従えるものだとの考えが横行している。
最近になって少しずつ女性の権利が認められてきたとはいえ、社会進出はまだまだだ。
私は肩より短く切りそろえたままの髪をそっと撫でて、はにかんだ。
ジェーンに色々と言われない為に切った髪だが、今は気に入っている。
「驚いたのはお互い様です。普通科では領地経営を学ばれるのですか?」
「ええ。数字にも強くならなくてはね。うちには兄弟はいないから、私がクラエス家を守るわ── だって亡くなった母の家ですもの」
クラエス伯爵が婿養子だということは知っていた。それなのに後妻を娶った伯爵は随分と義理の両親から非難を受けたと聞く。後妻の連れ子が女児であったことが救いだろう。……もちろん一度目の人生での記憶だが。
「ご立派だと思います」
「祖父母が父の再婚を許したのも私の存在があったから。私の婿がクラエス伯爵を継ぐのなら……ってね。でもね、父を見て思うの。男の好きにさせてはいけない、男は所詮裏切る生き物だ……って」
ミルナ様はたった十三歳でここまでの覚悟を持っているのだと、尊敬の念を抱く。私はテーブルの上に乗ったミルナ様の手を両手でギュッと握った。
「分かります! 男なんて信用出来ませんよね!」
私の勢いにミルナ様はギョッとして固まる。
「あ、貴女……本当に十一歳?」
「え? あ、あぁ、失礼いたしました。私も父を見ていて強くそう思ったものですから……」
私は慌ててミルナ様の手を離すと、誤魔化すようにテヘヘと笑った。
ついアッシャー殿下に裏切られた時のことを思い出して今の状況を忘れるところだった。
「まぁ……貴女の気持ちは私も分かるわ。だから私は私の信じた道を行くの。男に頼るだけなんて真っ平御免」
ミルナ様は背をピンと伸ばしそっとカッブを口に運ぶ。その姿は女の私でも見惚れる程に美しかった。




