第15話
「ダンス……上手くなりましたね」
私はずいぶんとリードが上手くなったジェームズにそう言った。彼は少し恥ずかしそうに「練習したからな」と答える。
その間もチラチラとジェーンがこちらを見ている視線を感じるが、私はそれを完全に無視していた。
しかしそれに引き換えジェームズは難しい顔をしている。
「どうされました?」
「実はロバートが愚痴を漏らしてて……」
踊りながらでも会話が出来る程ジェームズはダンスの腕前が上達していた。
「愚痴?」
「前にさぁ……ほら、俺がジェーンに『もう少しロバートの都合を考えろ』って言ったことがあっただろう?」
私はある日の朝食での会話を思い出していた。
「ええ、覚えています」
「それがさ── 』
ジェームズは少し声を潜める。
「ロバートのお婆さんの体調が悪いらしいんだ。だから、領地まで足繁く通っていたらしいんだけど── 」
そこまでを聞いて私はロバートがお祖母様を大切に思っていたことを思い出した。
ロバートの母親は厳しい人物で……幼い彼の心の拠り所はその祖母だけだった……と。
「お祖母様が……」
「うん。だけどジェーンが度々呼び出すものだから、最近は領地に行けてないって。何度かジェーンにはお茶会を減らしてほしいと言っていたみたいなんだがな。今日も……本来なら領地に行く予定だったらしい。── かなり状態が良くないんだと」
私はロバートが浮かない表情であった理由が分かった気がした。
「ならばこのパーティーも欠席の予定で?」
「あぁ。だがジェーンがな……」
そう言ってジェームズはチラリとジェーンの方に視線を向けた。私もつられて二人の方へと顔を向ける。
すると私の視線に気づいたのか、ジェーンは口角を上げるとこれ見よがしにロバートとの距離を詰めた。まるで抱き合っているようだ。── あれでは踊りにくいに違いない。ロバートはほんの少し顔を歪めるが、ジェーンは全くそれに気づいていない。
「あの調子だろう? 俺が何を言っても聞きはしない」
「お父様からも注意を受けていたと思うのですけど……」
「もうすっかり頭から抜け落ちてるんだろ」
私はジェームズと話しながら一度目の人生の彼との違いに驚いていた。
言葉は悪いがジェームズは……あまり賢い男ではなかった。学園でも落ちこぼれで……。会話らしい会話をした覚えはないが、今のジェームズとはずいぶんと印象が違う。
「それはロバート様も気がかりでしょうね」
「あぁ。だから何とかしてここから解放してあげたいんだよ。最近のジェーンはよく分からないよ。昔はもっと……素直だったんだがな」
ジェームズは少し寂しそうにそう呟いた。ジェームズにとってはジェーンは可愛い双子の妹だ。ジェーンが変わったのは── きっと私の存在のせいだろう。
彼女は私を敵対視している。きっとこの屋敷に来なければ……彼女は素直なジェーンのままだったのかもしれない。
だが、私がジェーンに色々言えば意固地になって、ますますロバートを離さないだろうし……そんなことを考えているうちに、曲が終わる。
私とジェームズは手を離し、お互いお辞儀をする。ジェームズは当然の様に私に腕を差し出した。
「何か飲むか?」
私がその腕を取ろうとした瞬間。私の手がバシン! とはたき落とされる。
「いた……っ」
「ジェームズ! 次は私と踊りましょう!」
私の為に差し出されたジェームズの腕はジェーンにしっかりと掴まれている。
「おい、ジェーン。アンジェリカにあやま── 」
「さぁさぁ、音楽が始まるわ」
ジェームズが困惑しながらも私への謝罪を促すが、ジェーンはお構いなしに、ジェームズを引っ張って行った。
私ははたき落とされた手を軽く撫でる。ジェームズは私を気にして振り返りながらも、ジェーンに引きづられるようにして連れて行かれた。
私はそれを見送ると、小さくため息をついて彼らに背を向ける。ホールの中は人が多く暑い。私はダンスで少し火照った頬を冷まそうと廊下へ出た。
「アンジェリカ!」
私の名を呼ぶ声に足を止めて振り向いた。
走って私を追いかけて来たのはロバートだ。
「ロバート様」
ロバートは私の前で立ち止まると、ポケットをゴソゴソと探る。
「これ……。半年も遅れちゃったけど」
ロバートの手には綺麗にラッピングされた小さな箱。
「これは?」
「ごめんよ遅くなって。……お誕生日おめでとう」
半年前の私の誕生日。それはジェーンとロバートの婚約式だった。
「覚えていてくださったのですね」
私はその箱を手に取る。だが、それを開けることなくロバートへそっと戻した。
「これはいただけません。……もう私たちは婚約者ではありませんもの」
ロバートはギュッと眉根を寄せ、悲しそうな顔をした。
「……これが最後だよ。婚約解消する前から買っておいたものなんだ。誰のためでもない、君を想って選んだ物だ。だから……受け取って欲しい」
ロバートは私の手を取ると、その手のひらに無理矢理箱を握らせた。
「……お祖母様が── 」
私がそう言いかけた時「ロバート! どこなの?」とジェーンがロバートを捜す声が聞こえた。
「不味い。……じゃあ!」
確かに私とロバートの二人が一緒に居る姿なんてジェーンに見られたら……とんでもないことになるだろうことは容易に想像がつく。
ロバートは「直ぐに行くよ」そうジェーンの声に答えながら、走り去った。
私は手の中の箱を見つめる。ロバートと婚約して五年── だった。五個目のお誕生日プレゼント。物に罪はない。私はそれをギュッと握りしめると、これを預けるべくマチルダを探した。




