第10話
「── 誰?」
寝台を降りた私は扉の前で身構える。夜も更けたこんな時間に誰だと言うのか。
「……俺」
名前を名乗らぬことに若干イラッとしたが、そんなことよりも、その人物が何故こんな夜更けに私の部屋を訪れたのか、そればかりが気になった。
私は細く扉を開く。
「こんな時間に何か── 」
私の尋ねる言葉を遮って、ジェームズは小さな紙包みを扉の隙間から押し込んできた。
「これ、やるよ」
その紙包みには細いリボンがかけられている。
「これは── プレゼント?」
私はもう少し扉を大きく開いて彼に問いかけた。ジェームズはキュッと口を真一文字に結び俯いた。まるで赤い顔を隠すように。
「開けても?」
ジェームズが小さく頷くのを確認して、私はその包みを開く。その中の小さな箱を開けるとそこには夏の青空のような透明感のある青色の石のついた小さなブローチがキラキラと輝いていた。
「これ……」
「今日、誕生日なんだろ? 急いで買ってきたから、そんなものしかなかったけど……ダンスのお礼」
ジェームズはそう言うとプイッと背を向けて扉の前から去っていく。
私は急いで扉をバッ! と開けて廊下に飛び出すと、小さな声でその背中に『ありがとう』と礼を言った。
ジェームズは振り返らずに片手を上げる。分かったという印だろう。
私は部屋へ戻ると、再びその箱を開いた。
「可愛い」
確かにジェームズは婚約式の途中から姿を見せなかったが、まさかこれを買いに行っていたのだろうか?
私はそのブローチを手のひらに乗せる。確かに高い品ではないだろうが、ジェームズの気持ちが嬉しかった。
一度目の人生、ジェームズはジェーンの腰巾着だった。というより、ジェームズは大して何も考えていなかったし、ジェーンのことをとても大切に思っていた。全てジェーンが正しい。間違っているのは私の方。そう決めつけて常に私を馬鹿にして、蔑んでいた。
だから私もジェームズに関わることを極力避けて生活していたのだが── この変化は何なのだろう。
一度目とは少しずつ何かが変化している。私はそう信じてそのブローチをキュッと握る。これはその証のように思えた。
「ロバートを屋敷へ呼んだわ」
ジェーンはそう言うと私を横目で見て口角を上げた。
「あら……先日も呼んだばかりでしょう? そんなに頻回に呼び出して大丈夫なの?」
朝食。父は今日は予定があると早々に出て行ったようだ。
この食卓を囲む時間が一番苦痛たが、私は皆となるべく目を合わせぬように、黙々とスープを口に運んだ。
「婚約者なんだもの。別にいいでしょう? 仲良くすることは悪いことじゃないわ」
「まぁ……確かにそうね。じゃあ準備をしておきましょう」
リンダが近くにいるメイドに声をかける。
婚約式が済んでからというもの、ジェーンは三日と空けずロバートとお茶会を催していた。
あの日からすでに約二週間。私も心の中で多すぎない? と突っ込んでいるのだが、もちろん口にも表情にも出さない。
ジェーンはただ私に見せつけたいだけなのかもしれないが、付き合わされているロバートはどう思っているのだろう。
私にはお茶会の時間、なるべく部屋から出ないようにしている為、ロバートの様子は分からないが。
そして今、私には新たに考えていることがあった。
それは先日、街に出た時に風の噂程度で聞いた話。
── 今って女性の騎士の需要が多いらしいよ──
公爵家などの上位貴族のご令嬢が側に控える護衛に女性を選ぶことが多くなったことが原因らしい。
それを聞いて、目からウロコだった。
一度目の人生。ロバートとの婚約を白紙に戻された私に来た縁談は、リンダによって尽く断られた。
『家柄が合わない』『アンジェリカと釣り合わない』『アンジェリカのためを思えば彼じゃない方がいい』
私の為だと言いながら具体的な内容は何一つなく、全て抽象的な理由で断られた。それが後々、私が王宮侍女として働くことに繋がるのだ。
ならば……私は自立の道を目指そう。
結婚せずともこの家のメリットになるように動けばいい。私はそう考えるようになっていた。
「少しはロバートの意見を聞いたらどう……かな」
不意に聞こえた声に私の思考は遮られた。
私は声の主の方へと視線を向ける。ジェームズが少し眉間にしわを寄せてジェーンの方へと顔を向けていた。……どうも先ほどの言葉はジェーンへとかけられたようだ。
「何? ジェームズ。何か私に文句があるの?」
ジェーンは明らかに不機嫌なった。ジェームズは口が悪いので偶にジェーンと言い合いになることはあるが、基本ジェーンに従順だ。
そんなジェームズがジェーンに苦言……?
誕生日のあの夜。ジェームズからプレゼントを贈られた一件はあったが、私とジェームズとの関係が目に見えて変わったということはない。
強いて言うなら『あまり絡まれなくなった』ことぐらいだ。
「別に文句ってわけじゃないけど……ロバートは今、ゴールド伯爵と一緒に領地に行ったりとか、入学の準備で忙しくしてるって聞いてたから」
「そんなことを? いつロバートと話したの?」
「いつっていうか……」
ジェームズはそこで口を閉じた。確かに一度目の人生でも、ロバートとジェームズの関係は良好だったように思う。
その時のロバートはジェーンに好意を持っていたから、それも当然だと私は理解していたが、今回の人生でもロバートとジェームズは意外と仲良しのようだ。
だが、こんな風にジェーンを窘めるようなことをジェームズが言った記憶はない。やはり……二度目の人生は少しずつ一度目のそれより変わってきているように思う。
「ジェームズ、私とロバートとが仲良くすることに何か問題あるの?」
ジェーンは怒っていた。彼女は自分の決めたことに横槍を入れられることを嫌う。── そう、自分の思い通りにならなければ不機嫌になるのだ。
あぁ。せっかく今日は天気もいいし、街へ出て模造剣を買いに行こうかと考えていたのに。
朝からジェーンの不機嫌な声を聞かねばならないかと思うと、もうすでに憂鬱な気分になった。
「仲良くするな、なんて言わない。だが、相手の都合も考えろと言っているんだ」
「気分が悪くなったわ! もう、いらない!」
バン!とダイニングテーブルをジェーンが手のひらで叩くと勢い良く立ち上がった。その拍子にジェーンの座っていた椅子が後ろへ大きく倒れた。
メイドが急いで椅子を元の位置に戻そうと側へ寄るが、ジェーンはそのまま朝食の多くを残したまま食堂を出ていく。
その様子を見たジェームズは大きくため息をついた。
「ジェームズ……貴方、それをロバートからジェーンに言ってくれとでも言われたの?」
リンダが自分の口元をナプキンで拭いながら尋ねる。
「ロバートに頼まれたわけじゃないよ。ただ、ロバートの顔色が悪くて疲れてそうだったから」
ジェームズはパンを千切る手を止めずにそう答えた。
「まぁ……確かにお茶会の頻度は少し多いように私も思うわ。それとなくジェーンには私も言っておくから。たった二人しかいない兄妹なんだから、早く仲直りなさいね」
リンダの言葉にジェームズがチラリと私を見た。『二人しかいない』……ね。私は元々この人たちの家族の括りには入っていないらしい。
ジェームズと視線が合う。ジェームズはリンダに見つからないように、私に向かって謝罪するように小さく頭を下げた。




