魔族の王 1
魔族領で一番大きい街。
ここに、魔族領を統治している長がいると、ヴリード伯爵から聞いている。
そもそも、魔族は種族毎の地域統治が主で、それをまとめるものがおらず、内乱が絶えなかったそうだ。
それで、追われた弱い種族が人の住むところへ流れてきて、更に弱い人を襲うようになった。
「人も国同士で争っていたから、まあ、内と外の違いはあれど、そうは変わらんな」
「それで、どうなるの?」
マリアンヌやダレンは、既に知っていることで、あまり興味はなさそうだったが、ヴェーダとエンヴィは先が気になるようで、しきりに質問してくる。
『魔族はまとまり悪いわよね……エルフもだけど』
「人はまとまると強くなるんだよ。群れて動くことを訓練してるからな」
「そうなのね」
「ダレンもフリーデリケも騎士だもの。そういう訓練を毎日してたのよ」
マリアンヌが補足で説明してくれた。
魔族は個々で特性があり、軽く人を凌駕するものを持っているからか、集団で連携するようなことが不得手である。
『でも、あんたたち。一人でも強いわよね』
「エンヴィの言うとおりよ。マリアンヌさんもスゴく強いわよね」
「うふふ。ありがと」
「なんだか、話の方向が変わりましたね」
「まぁ、歴史の勉強は飽きるからな」
「しかし、そんな魔族をまとめた人物。会ってみたいですね」
「おっ。謁見に同席するかい?」
「是非」
「尻込みしないのは、頼もしいね」
馬車を進めていくと、街の入口で止められる。
ヴリードのところもそうたったが、元からこういう街のつくりだったのだろうかと、疑問に思う。
「我らはエルフ族から書状を預かった代理の者だ。ヴリード伯爵からの証明も持参している」
馬車を調達する際に、ヴリードにも事の顛末を説明するために、面会をしていた。
そのときに、渡された印章を門番に見せる。
「確かに。領主様への目通りを願うなら、兵士の詰め所にいる。団長に相談するといい」
「助言いただき、かたじけない」
御者台の上からではあったが、丁寧に教えてくれた兵士に頭を下げた。
「通って良いぞ」
兵士も笑顔で通してくれる。
馬車を街に入れ、ヴリードの教えてくれた宿を探す。
「あそこじゃない?」
通りに面した一際大きくレンガ積みの建物で、構えも立派な宿と言うよりも、ホテルといった佇まい。
玄関前のエントランスには、案内係なのか、落ち着いた臙脂色のジャケットに、黒のパンツスタイルの男が立っていた。
「ちょっと気後れするな」
「ですね……少し匂いが気になりますよ」
「言うな言うな……ヴリードの紹介だ」
「それでも、入る前にお風呂と着替えは済ませたいわよね」
「皆。諦めろ」
私は手綱を操り、ホテルのエントランスへと馬車を進めた。
エントランスの男に馬車を預け、荷物を持った私たちはホテルロビーへと入った。
なんと言うか、向こうの世界で言うところのリッツカールトンや、シェラトンを連想させる華やかさを持ったロビー。
私たちの格好は、明らかに場違いだと実感できる。
「済まない。ヴリード伯爵からの紹介なのだが」
そう言って、ヴリードからもらった印章を、ロビーカウンターにいた女性に見せた。
「ヴリード様からのご紹介ですね。承っております」
「そうか」
「直ぐに、ご案内いたします」
カウンター係の女性が、小さなハンドベルを鳴らすと、ロビーにいた、黒スーツ姿の男性が近寄ってきた。
「フリーデリケ・フォン・トリーア様御一行でございますね。当ホテルのロビーマネージャーをしております。ヴルムと申します」
「ご丁寧に、ありがとう」
「部屋までご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
男はカウンターの裏にある、柱のようなものへと近づいていく。
まさかとは思ったが、エレベーターだ。
壁のボタンを押すと、扉が両側にスライドし、何人かが乗れる部屋が現れる。
向こうの世界では、散々乗っていたので驚きはしないが、連れの皆は、何が起きているのか分からないようだ。
「ほら、早く乗ってしまえ」
私が促したことで、ようやく動き出す。
「初めてのお客様は、皆さん驚かれるのですが、トリーア様はご存知だったようで」
バカ正直には答えないが、適当にはぐらかす。
「ヴリード伯爵が、いたずらっぽくっ笑っていたのでね」
「そうでございましたか。では、参ります」
行き先階を指定すると、ドアが閉まり、箱が動き出す。
もっと、ぎくしゃくした動きになるかと思っていたが、滑るように柔らかく加速し、上昇していった。
魔法なのだろうが、どういった仕掛けなのだろうと、技術的な面か気になって仕方ない。
できたら、領事館にもつけたいくらいだ。
「では、こちらでございます」
エレベーターを降りて案内された部屋は、スイートルームだった。
寝室が三つにダイニングと簡易キッチン。
それに、十人は余裕でくつろげるリビンクスペースにトイレと浴室が二つずつ。
「ヴリード様から、先にお支払いいただいておりますので、ご自由にお使いください。何かありましたら、こちらの呼び鈴を鳴らしてくださいませ」
「スゴい部屋だな……もしかして、仕立て屋も?」
「はい。ご準備がございます」
「ありがとう」
礼と共に、数枚の銀貨を手渡す。
足りないかもしれないが、ここでの相場が分からないので、カメリアでは妥当なところで手を打ったのだ。
「ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」
ヴルムは一礼すると、下がっていった。
「あらぁ、お風呂もスゴいわね……アメニティも充実してて……私、一番!」
マリアンヌが浴室の一つに消えていった。
「ヴェーダとエンヴィも、先に入ってしまえ」
「あぁ、そうだね。ほら、エンヴィも入るわよ」
『ヴェーダも洗ってあげるわよ〜♪』
各々、浴室へと消えていく。
残されたのは、私とダレンの鎧組だ。
マリアンヌも革鎧だが、私たちは一部が金属鎧で、鎧下まで着ている。
脱ぐだけでも人仕事であるが、鎧の手入れをしておかないと、汗で錆が浮いてしまうのだ。
鎧を外し、一つ一つ確認しては、手入れ道具を使ってケアをする。
何度も汗を吸っては乾いた鎧下からは、すえた匂いが立ち上り、己の匂いであるものの、ダレンと二人、顔をしかめてしまった。
「フリーデリケ様……。」
ダレンの言葉を遮る。
「ダレン。もう、ずいぶんと旅をした仲なのだ、リケと呼べとは言わんが、リケさんくらいにしておいてくれまいか」
「そうですね。ずいぶんと遠くまで来たもんです。分かりました。そう呼ばせてもらいますよ、リケさん」
「大使の仕事をほっぽって、ここまで来てしまったな」
「そちらは、トロストがうまくやってますよ」
「ダレンはトロストとも?」
「あいつとは、入団が近かったもので、若い頃はよく連れ立って遊んだものです」
「そうだったのか」
「今じゃ……あいつが上司ですからね」
「ダレンも武官長なんだ、そう遠くはないな」
「そうですか?」
「本国の連中が、私の後釜にって寄越したんだろうが、ダレンが昇格してもおかしくはないからな」
「そう言ってもらえると、なんか自信になりますね」
「自分の実力ってのは、なかなか分からないもんだもんな」
「なぁに。二人で鎧みがきながらのお話し?」
「詰め所みたいですね」
「はははっ。高級ホテルが詰め所か」
「二人も、さっさと入っちゃいなさいな」
「リケさん。お先にどうぞ」
「悪いな。ダレン」
磨いた鎧をリビンクの端に寄せ、荷物から着替えを出し、浴室へ向かった。
手前が洗面所兼脱衣場。その奥が浴室という、向こうの世界では当たり前の配置であるが、こちらではあまり見ない構造だ。
湯船には、新しい湯が張られていた。
マリアンヌが気を利かせてくれたのだろう。
そのまま浸かってしまいたい気分であったが、さすがに数日、水浴びもしていない身体、先に洗ってしまうことにする。
手桶を探して見回したら、なんと、シャワーが付いているではないか。
ヘッドは薄い金属製で、ホースは革だろうか、内側から滲み出ている感じがある。
シャワーから出るお湯も、混合栓で丁度良い温度で吹き出てくるのも驚きだ。
もしかして、魔族領には向こうの世界から来た技術系の人がいるのだろうか?
髪を何度か洗い流し、泡立てた石鹸で更に洗う。
ガシガシになった髪に、髪油を塗り、軽く流した。
水分を含んだ長い髪は、相当に重く、首の鍛錬にはもってこいだが、今はただただ煩わしい。
身体も数回石鹸で洗い、湯で流す。
旅のアカが洗い流され、匂いも石鹸のよい香りとなって、心身共にリフレッシュされた。
待ちに待った湯船。
肩まで浸かると、ほぉっと息が出た。




