エルフの郷 3
エルフの郷へ続く森の小道を出たところで、日は暮れ始めており、すぐに野営の準備をしなくてはならない状況だった。
しかし、私は野営の準備の指示も出さず、アーニャに付いていたエンヴィからのある報告を待っていたのだ。
「宿をとっても良かったんじゃない?」
マリアンヌが周囲の警戒から戻ってくると、そう言った。
「ちょっと理由があってな」
「なぁに?秘密だなんて、いやらしぃっ!」
「乙女に秘密はつきものだろ?」
「大使。あれはエンヴィ様じゃないですか?」
森の小道の奥の方に、光の軌跡を連れてこちらへ向かってくるモノが見えた。
それを、ダレンが報告してくれたのだ。
「いい目をしてるな。ダレン」
「ははは。親父が猟師なもので、山にはよく入っていたんです」
「なるほどな」
そんなやりとりの間に、エンヴィはだいぶ近づいて来ていた。
『フリーデリケっ!エルフの郷が、郷が大変なのっ!!』
予想通りだ。
「マリアンヌ、ダレン。身体強化の上から、能力値上昇を付与する」
私の言葉と共に、二人の内から魔力が展開されるのを感じ、私自身も同様に全身に魔力を流す。
「ゼーゲン(神の恵み)」
力ある言葉と共に、私を含む三人の身体が、淡い光に包まれた。
「三割増し程度だが、気をつけろよ」
「分かったわ」
「はいっ!」
二人の返事を聞き号令する。
「エルフの郷へ救援に向かう。敵は魔族だ。ヴェーダはエンヴィと後から来るんだ」
そう発すると、私、マリアンヌ、ダレンの三人は駆け出した。
マリアンヌとダレンも、蹴り出しこそ戸惑った感じであったが、数歩も駆けると、能力値上昇分もアジャストしてみせる。
「でも、どうして分かったの?」
「森に潜んでいたのは分かってたが、タイミングはな……。私ならこのタイミングでやるなと思ってたんだ」
「あらやだ。さすが、強襲の女傑ね」
「それこそ、潜んでるのを見つけたのはダレンだぞ」
「森で感じた違和感は、命取りになることがありますからね……親父の受け売りですが」
「やだっ!?ダレンて、こんなにイイ男だったかしら?」
マリアンヌの絶賛の言葉に、照れて後ろ頭を掻くダレン。
小道の先に、郷が見え始める。
「そろそろ着くぞ、私は中央を突っ切る」
「では、右側を」
「あたしは左ね」
小道を抜け、エルフの郷に入った。
「ブレイク!」
号令とともに、つむじ風とも、矢とも思えるような三人が、三方へと斬り込んで行く。
正面に鬼族の男。
膂力に物を言わせ、大型の棍棒を振り回し、エルフたちを薙ぎ払う。
その姿は、大型重機だ。
だが、あまりの大振りに、隙も大きい。
私は、棍棒が振り抜かれたところにタイミングを合わせ、懐深く潜り込み、男の股間めがけて衝撃波を撃ち込んだ。
男は口から泡を吹いて崩れ落ちる。
心臓でもよかったのだが、頑健な体躯を貫けるか自身がなかったし、少々、位置も遠かったのだよ。
大きな体躯を乗り越え、次の獲物を探せば、子供を庇うエルフの女性に斬りかかろうとしている男の姿が目に入った。
腕を前に突き出し、魔力の矢を放つ。
青白く輝く魔力の矢は、真っ直ぐに剣を振り上げた羊の角の魔族の男の左肩を貫いた。
肩を押さえ、こちらに顔を向ける頃には遅い。
加速された私の体は、既に拳を打ち込む動作に入っていたのだから。
金属の小手で繰り出した右ストレートは、男の鼻っ柱を砕き体ごと吹き飛ばす。
加減ができなかったな。
「大丈夫か?」
エルフの親子に声をかけた。
「はい……。」
「郷の入り口の方へ行け。妖精王女が守ってくれる」
そういって、母親の背を軽く叩く。
次だ。
郷の中央を貫く通りを、駆け抜けつつ、目についた襲撃者を崩して行くと、郷で一番贅沢な造りをしている建物の前に来た。
族長の邸かもしれない。
だが、邸の玄関は打ち壊され、中に賊が侵入している事が分かる。
アーニャ。
せっかく送り届けた命だ。ここで散らせはしない。
気配察知スキルを展開し、邸の内部構造と人の気配の位置を把握し、玄関から乗り込む。
玄関から駆け込めば、何やら物色している男。
構わず、後頭部に蹴りを入れ、戦意を喪失させる。
そして、気配は二階の奥だ。
階段を駆け上がり、感知した気配の方へ。
通路を駆け抜けると、一際大きな両開きのドアの部屋があり、そのドアの片方が開けたままにされていた。
そこへ飛び込む。
部屋の中は、背をこちらに向けているエルフの男女に、アーニャを片手で抱え上げ、短剣を突きつけてニヤついている鬼族の大男。
私はエルフの男女の背の影ということもあり、鬼族の男に気付かれてはいない。
まぁ、祝福に強化と展開している私の速さでは、気付かれていたところで、アーニャに、その切っ先が刺さるより先に、男を無力化する自身があった。
エルフの男女を飛び越えるようにジャンプ。
勢いの乗った私は、軽々とそれを飛び越え、飛距離を伸ばしていく。
「この、下衆野郎がっ!」
怒りと共に吐き捨て、体重と慣性のよく乗った拳を、衝撃波の魔法付きで男の顔面に叩き込んだ。
きっと、何が起きたのかすら、分からなかっただろうな。
崩れ落ちる男の手から、アーニャを取り戻し、別れ際と同じように小さな肩を抱きしめた。
「リケっ!」
「待たせたな」
私の胸で涙を流すエルフの少女。
再び、取り戻すことができた。
しかし、解せないのは、魔族の男たちがエルフの郷を襲った、その理由だ。
◆
少し荒らされた族長の邸に、私たちは招かれていた。
騒動の後、生きているものは、エルフだろうが襲撃者であろうが、奇跡で何とかし生かした。
だから、襲撃による死者はいない。
とは言え、エルフの排他的な思想は、より一層、強くなってしまったことだろう。
「フリーデリケ殿。アーニャに続いて、郷まで救っていただいたこと、郷を代表して礼を言わせてくれ」
『素直にありがとうって、言えないのかしら?』
「エンヴィ。テリオール殿にも、立場があるのだ」
『そういうの面倒くさいわ』
「それで、テリオール殿。ヤツらは何と?」
命を助けた魔族たちからは、エルフが人間の人攫いを手引きしていると、口を揃えて言っているようだ。
しかし、賊の全員が同じことを言うなんて、どこの組織だってないだろう。
たいていは、「誰々がやるっていうから」とか、「ボスの指示で」とか言うヤツがいるものだ。
今回の襲撃、何かあるな。
「テリオール殿。僭越ではあるが、私にもヤツらの尋問に付き合わせてくれないだろうか?」
僅かな引っ掛かりだが、妖精の小道を通る前の襲撃の件もある。
もしかしたら、アルベドが関係しているのかもしれない。
テリオールの案内で、ヤツらが尋問を受けている、エルフの戦士たちが、交代で詰めている詰め所へとやってきた。
「ここです」
「テリオール殿。ありがとう」
礼を言って、詰め所へと入る。
「フリーデリケ殿。ヤツらは地下牢です」
エルフたちの、私たちへの態度が一変してもいたのだがね。
「ありがとう。ついでだ、一緒に来てくれ」
「はい」
エルフの戦士の先導で地下牢に降りていくと、牢で大人しくしている賊たちがいた。
一通り、賊の様子を見て回るが、特におかしな所はない。
それが、一番おかしいのか。
私のような小娘が入ってくれば、嫌味の一つ、セクハラ発言の一つくらいは言われるものだ。
「ドゥルヒ・シャウエン(見破る)」
嘘発見などに使われるが、魔法や呪いによる心理的な支配も発見することができる。
男たちから魔法の痕跡が感じられた。
闇魔法の意識操作に関連する魔法だろう。
「エントシュペレン(解錠)」
アーニャを妖精の魅惑から解放したのだ、これで、闇魔法の支配から脱することができるだろう。
牢で大人しくしていた男たちが、解錠の魔法を放った後、とたんに動揺からか、騒がしく声を上げ始めた。
「これは、いったい……。」
エルフの戦士も、男たちの様子の変わりように、呆然としていた。
「どうやら、魔法で支配されていたようだ」
「そんなことが……。」
「闇の魔法にあるのだよ」
「闇の魔法?」
エルフの戦士はキョトンとした顔をする。
「魔法の属性のことだが……エルフは違うのか?」
妖精のエンヴィも、どこか魔法については人族とは違うように感じていたが、エルフや魔族も違っているのかもしれないな。
「魔力をイメージ通りに変質させて、現実に呼び出すみたいな?」
説明する側が、よく分かっていないようだ。
「なんで、そこが疑問形なんだよ」
「すんません。なんか、感覚で使ってるもんで」
当たり前すぎて、理屈や理論といったものを重要視されていないのだろう。
「まぁ、それは置いておこう。男たちの様子が変わったな」
「ですね」
私は一つの牢へと近づき、男に声をかけた。
「お前さん。エルフの郷で、ずいぶんと暴れてくれたじゃないか」
私が声をかけた男は、どこか怯えているようだ。
「あ、あぁ……おれはあなんてことを……。」
自身のしでかしたことは憶えていて、それを悔いているのか。
話しを進めたい。その後のことを話しておこう。
「お前らが傷つけたエルフたちは、全員助かった。誰も死んじゃいない」
「ほ、本当か!」
悔いる表情が、少し和らいだ。
「嘘をついてどうする。それより、アルベドという名前にに聞き覚えは?」
アルベドという単語に、男はハッとした顔をする。
「アルベド!そうだ、ヤツの話しを聞いた後だよ」
どうやら、コイツラもアルベドの工作員に踊らされたようだ。
カメリアだけでなく、魔族領にまでその根を伸ばす。
まるで、カビのような奴らだ……それだけに、根絶も難しくなる。
「用事は済んだよ。戻ろう」
「は、はい」
どこか、納得いかないようすのエルフの戦士。




