エルフの郷 2
エルフの男の先導で、森の小道を行く。
エンヴィに雷を落とされた他のエルフたちは、持ち場に戻ったようで、姿を消している。
「アーニャ。エルフの郷って、どんなところなの?」
魔族領で育ったはずのヴェーダも知らないようで、アーニャに、そう問いかけていた。
「森の中にお家があって、みんな、狩りをしてるの。あ、あと、野草を集めたりしてるよ」
店があったりしているわけではないようだ。
自然派だがジビエも食べるし、生活に必要なものは行商から買う。
原始的な生き方というよりも、関わりを極力排除した風習と文化なのだと思った。
森の小道の先に、拓けた場所が見えてくると、アーニャが堪らず駆け出していく。
郷に近づくにつれ、エルフの郷の様子が見えるようになったが、そこは、おとぎ話しに出てくるような、麗しい男女が、絹のような衣を纏い、花の蜜に舌鼓する。
そんな場所ではなく、村よりも少し大きいくらいの集落だ。
行き交う人々が、人族かエルフかの違いがあるくらいで、おとぎ話しで語られるような、幻想的な景色はない。
エルフの郷に足を踏み入れると、郷の住人から奇異の視線が向けられる。
友好的とは思っていなかったが、ここまで排他的だとは思わなんだ。
「あっ!」
と、思ったが遅かった。
郷の住人からの視線に、怒髪天となったエンヴィが、再び雷を落とし始める。
「ハイルィクトゥム(聖域)」
全員は無理だが、せめて私の周囲だけでもと考え、聖域の魔法で隔離しておく。
村のあちこちに雷を落とす妖精王女の姿は、おとぎ話しの魔王を感じさせた。
「エンヴィ。そろそろいいかね」
エンヴィが肩で息をつき始めた頃に、そう声をかけてみる。
『バーザン。居るのは分かってんのよ!』
すると、誰かの名前を呼んでいるが、エンヴィの怒りは収まっていないようだ。
エンヴィの大声からしばらく、村の奥から一人の男が、あわてたように駆けてくる姿が見えた。
あれが、エンヴィの言う、バーザンなのかもしれない。
「妖精王女様」
『バーザン!あんたの子たちは、ずいぶんと躾がなってないわね』
「いえ。そんなことは……。」
『だったら何で、私を見て挨拶一つできないのよっ!』
「それは……。」
「エンヴィ。エルフの郷に来たのは、どれくらいぶりなんだい?」
二人の話に割って入る。
これ以上、雷撃を落とされてはたまらない。
『前に来たのは、バーザンが……あら?ずいぶんと見た目が変わったわね』
いつの頃なのかは分からないが、エルフは長命と聞いている。
その種の見た目に変化が出るほどの時間が過ぎているとなれば、それは私たち人族には想像できないものだろう。
「ならば、移ろう時のなかで、お前のことを見たことがない者もいるのではないかね」
念のため、そのことを指摘してみた。
『そっか!ごめんごめん。でも、次はないわよ』
「は、はいぃぃっ!?」
バーザンと呼ばれた、人族ならば老齢に見えるその人が、恐れてやまないエンヴィ。
いったい、妖精王女とは、どんな存在なのだろう?
『それでね、バーザン。あんたんとこの子だと思うんだけど、リケが助けて連れてきてくれたのよ』
「何と!人族であるのに、我らの幼子を助けてくれたのか?!」
なんか、ところどころ引っかかるが、そこは聞かなかったことにしておこう。
「えぇ、先に駆けて行ったと思うのですが、アーニャという娘です」
「アーニャが!?」
バーザンの驚きが、私の想像を超えていた。
アーニャも、もしかするとエルフの中では、重要な人物に関係しているのかもしれないな。
「カメリアで人攫いに囚われていた」
「それを、あなたが助けてくださったと」
「そうなる。人族の犯したことだ、人族の手で処理するのが道理であろう?」
「そうか……アーニャは帰ってこれたか」
「他のエルフについては、カメリアが捜索中だ。申し訳ない」
「いやいや。あなたが謝ることでは」
「そう言えば、アーニャはどこまで行ったの」
確かに、駆け出して行ったアーニャはどこまで行ったのであろう、ヴェーダに問われるまで、気づかなかった。
「リケ〜♪」
名前を呼ばれる声が聞こえた。
声の方に向くと、笑顔で見知らぬ男の手を引いて、駆けてくるアーニャの姿が見えた。
「そんなに走ると……。」
私の心配を他所に、転ぶことなく男性と共にたどり着いた。
「おとーさん。リケだよ」
どうやら、手を引いてきたのは、アーニャの父親だったようだ。
「フリーデリケ・トリーアだ」
アーニャの紹介に、応え、男に一礼してみせた。
「娘を助け出していただいて、ありがとう。私はアーニャの父。テリオールといいます」
丁寧な感謝の言葉と、自己紹介。
アーニャの肩には、いつの間にかエンヴィが腰を下ろしていた。
妖精と相性が良い、悪い。そのようなものがあるのだろうかなどと、関係ないことを考えてしまう。
「ほんとうに、なんと礼をしたらいいか……。」
「子が大事であるのは、エルフであっても、人であっても変わらん。礼など気にすることはない」
「そうは言われても、こちらも気が収まりません!」
すごい剣幕で言われてしまい、思わず、気圧されてしまう。
「ですので、ささやかではございますが、こちらをお納めください」
アーニャの父、テリオールが手のひらに乗せて差し出したものは、淡く輝く指輪であった。
「族長!?そ、それは……。」
バーザンとエンヴィに呼ばれていた老エルフが、それを見て驚きの声を上げる。
バーザンの言葉に、私も驚く。
アーニャが、族長の娘であったとはな。
「いくつもあるうちの一つだ。礼として渡してもよかろう」
「族長が、そう仰るのでしたら……。」
「フリーデリケ殿。コレを」
「謹んで受け取ろう」
テリオールの手から指輪を受け取り、しげしげと見回してみる。
白金のような材質であるが、仄かに緑味を帯びた柔らかな光を放つそれは、何らかの魔力を帯びた指輪だ。
私が首から下げている、風の魔道具に近いものかもしれない。
右手の小手を外し、更に手袋を外し中指に着けてみたが、それだけでは何も起こらないようだ。
「その指輪には、守りの風魔法が備わっている。発動すれば、飛んでくる矢なんかを逸らしてくれる」
「それは有り難い」
「心ばかりの品で申し訳ない」
「いやいや。貴重な魔道具だ。大事にさせてもらうよ」
そう、人族の魔道具は生活用品に偏っており、身の守りや、戦闘の助けになるものは、あったとしても値が張るものなのだ。
「そう言ってもらえると助かるよ。それで、今夜はここで宿をとるんだろ」
「そうさせてもらいたいが、やることが山積みでね。すぐに立とうと思っている」
「リケ。行っちゃうの?」
アーニャが泣きそうな顔で私を見た。
私はアーニャの前に膝立ちになると、その頭に手を置く。
「私も待たせている人たちがいるのだ。それに、アーニャ。久しぶりの郷なんだから、お父さんとお母さんに、旅の話しを聞かせてあげなさい」
そして、小さなアーニャの肩を抱きしめた。




