エルフの郷 1
ヴリード伯爵の街から、歩いて二日。
エルフの郷へと続く、森の小道の入り口に私たちは立っていた。
出発前に街で、私とダレン、ヴェーダの三人は、旅の装備を整えていた。
私とダレンは、小手とブーツは金属で鎖帷子の上に、革の胸当てと、草摺を着けるスタイルだ。
ヴェーダは革鎧一式と、ダガーを腰に差している。
アーニャもと騒ぎ出したので、マントを着させ、木の棒を持たせていた。
『ここから、半日もかからないわ』
マリアンヌとダレンにもエンヴィが見えるようになり、二人も初めは興奮していたものの、エンヴィの自由気ままさに辟易している様子が見て取れる。
あの森にも長かったのだろう。
見るものが珍しいのか、町や村では、気がつくと店の商品を手に取って、私たちに見せようと、そのまま持ってきてしまいそうになることもしばしば。
食べ物の時は、買うしか無かったがね。
「半日ね。少し休んでからにする?」
マリアンヌが言った。
アーニャのことを考えてのことだろう。
「そうしよう」
街道脇の森に、拓けた場所が見えた。
「あそこなら、邪魔にならないたろう」
「そうね」
私たちの会話を聞いて、ダレンが先に入って行った。
獣なんかがいないかを見るためだったが……。
「ダレン!伏せろっ!!」
森の奥から風切音。
矢が放たれたのだ。
「ここでも撃たれるの?!」
マリアンヌが驚きに声を上げるが、正直、私も驚いた。
まさか、こんなに街道近くから警告を受けるなんて、思ってもいなかった。
『なんなの!?私がいるっていうのに』
「アーニャだっているのよ」
エンヴィとマリアンヌが不満の声を続けてあげた。
『ちょっと、文句言ってくる!』
森の奥へと、燐光のような軌跡を残して飛んでいったエンヴィだが、いつもの振る舞いを知っているだけに、エルフたちを説得できるのか不安が残る。
「大丈夫かしら?」
「矢の雨に追われて、逃げてこなけりゃいいですが……。」
ダレンもそんな未来を予想していたようだ。
「まがりなりにも……。」
妖精王女だと続けようとしたのだが……。
ズドドドドドンっ!!
森の奥から、雷が立て続けに落ちたような轟音が、地響きとともに聞こえてきた。
「もしかして……。」
先頭のマリアンヌが振り返り、私の顔を見る。
「嫌な予感がするのは」
天を仰ぎたくなる私。
「大使だけじゃありませんよ。それと森の北側に妙な違和感が」
後半は、私だけに聞こえるよう、耳元でそう言った。
何もなければ良いが…………。
しかし、エンヴィが何をしでかしているのかと思う、大人三人は浮かない顔で、互いの顔を見合っていた。
その姿を、アーニャが不思議そうに見上げている。
取り敢えずは進むしかないのだ。
気を取り直し、アーニャの手を引いてマリアンヌに並ぶ。
「慎重に行こう」
私の声と共に、二人も表情を引き締め、周囲の警戒を始めた。
森にはエルフだけではないのだからね。
森の中を、木々を縫うように進むと、奥に足を踏み入れるにつれて、焦げ臭い匂いが強くなっていく。
「王女様ってだけに、派手にやらかしてそうな雰囲気だわ」
「木々が燃えてないといいのですが」
ダレンは山火事が心配なようだが、私はエルフたちの命が心配であった。
エンヴィと共に旅するようになって数日だったが、妖精はどこか命に対する認識が、私たちとは違っているように感じていたのでね。
しばらく足を進めると、フワフワと中空に漂いながら、地面に正座させられたエルフたちに説教しているエンヴィの姿があった。
エルフたちは髪と言わず、服と言わず、どこかしら焦げ付いているのが見て取れる。
あの雷撃でやられたのか。
「エンヴィ。ずいぶんと派手にやったようだが?」
『ちょっと聞いてよ、リケ。こいつら、私がいるって分かってて撃ってきたのよ!』
項垂れているエルフたち。
男も女もいるようで、人族のような性別での役割分担は、ないようだな。
「妖精王女。あまり怒りすぎるのも、はしたないと言うものだよ」
「そうよ。王女なんだから優雅に、そして凛と振る舞わないと」
私とマリアンヌからの諌める言葉に、少し不満そうだったが、『それもそうね』と言って、エルフたちを許したようだった。
許されたエルフたちであったが、正座の直後だ、立ち上がろうとは試みるが、立てなかったり、転んだりと、ヒドイありさまだ。
「エンヴィは正座なんて、よく知っていたな」
『昔、森に遊びに来てた人族が、仲間に怒る時にやってたのよね』
その人族は、もしかすると私と似たような者だったのかもしれないな。
「それで、話しはどうなったんだ?」
エンヴィに尋ねた言葉であったが、エルフの一人が答えた。
「妖精王女のお連れとは知らず、無礼をした。しかも、我らが同胞まで連れ帰ってくれたそうではないか」
『何か偉そうね』
エンヴィがその身にパリパリと鳴る、雷を纏い、私とエルフの男の間に入る。
「め、め、め、滅相もございません」
あぁ、そうすればよいのか。
とは言え、私の属性は聖属性。
威嚇に向くかといえば、疑問に感じるが、確か一つだけエンヴィの雷と似たような見た目の魔法があった。
クリベルン(痺れ)という魔法。
ピリピリとした痺れをもたらす魔法で、一時的な行動不能に陥らせる、非殺傷魔法。
それを身体の周囲に展開するようにイメージして、私に触れれば痺れるようになる。
「ひぃっ!?」
エルフの男から、悲鳴にも似た声と、恐れの顔を引き出すことに成功した。
エンヴィの雷が、相当に堪えたようだな。
「この子を郷に届けたいのだか、先導はしてくれるのだよな?」
「は、はいっ。させていただきます。」
『よろしい』
エンヴィと二人。身体に纏った魔力を解放し、にっこりと微笑むと、対象的に引きつった笑みのエルフの男は、暑いのか、よく汗を流していた。
「よし。問題はなさそうだ」
「やっぱり、ドアの鍵は捩じ切るのよね」
マリアンヌが何か言っていたが、聞かなかったことにしておく。




